第17話 花を守る騎士

「ということで、LIME! 交換できたんだ」


 どうだと目で訴える瀬戸に赤城と委員長は顔を見合わせる。


「えっと、その」


「下手なこというなっつうの!! 委員長、分かるよな?」


 何か言おうとアワアワとする委員長に、赤城は低い声でたしなめる。瀬戸はそんな二人の様子に眉をひそめたものの、LIMEを交換できたという達成感に満ち溢れ、スルーする。


「良かったな、瀬戸」


「……? うん」


「そ、それにしても楽しみですね。明後日」


 遊園地と聞き、赤城のテンションが今まで一番上がった。手に持っていた教科書がぐしゃぐしゃになりそうな勢いだ。


「だな。遊園地だぜっ! めいいっぱい楽しもうな」


 ついでにガッツポーズまでしている。


「そうだ! 四人でLIMEグループ作ろうよ」


「それはいいですね」



 こうしてようやく、四人のLIMEグループが出来上がったのであった。







 *****







 ホームルームが終わり、教室から出た瀬戸に声がかけられる。


「瀬戸さん」


 可愛い男の子のあゆむだった。


「君はさっきの……」


 その先は言わせないというような感じで、食い気味に話す、あゆむ。


「お話したいです」


 あゆむの声が廊下に響く。すると帰ろうとしていた生徒達が一斉にこちらを向いた。視線が自分達に集まるのを感じる。


「ひゃああ」


 女子かよ、なんて目の前のあゆむにぶつけてやりたい衝動と戦いながら瀬戸は微笑み、提案する。


「さぁ、場所を移動でもしようか」








 二人は廊下のベンチに座る。ここは人通りの少ない廊下だ。この廊下にある女子トイレには幽霊が出るという噂があり、誰も通りたがらないのだ。


「君は怖がりなのかと思ってた」


「人を見た目で判断するのは、ゴミクズがすることだと僕は……思うけど」


「え……!?」


 可愛い顔とは裏腹に、かなりキツイ口調でなじられる。瀬戸は言われたことを頭で繰り返すが、その言葉が夢ではないことに気づき、あっ、と声を上げた。



「もしかしてボクのこと嫌い?」



 瀬戸は腰を浮かし、あゆむから少し離れる。さらに空いてしまった二人の隙間から心の距離がうかがえる。


「は? いや、さっきの詩織さんの話だと僕は貴女の大ファンとやらになってたじゃないですか。……大丈夫ですか?」



 頭、大丈夫ですか? そう言われたのかと思うほどあゆむは瀬戸を哀れむような目つきで見る。



 可愛い子に、睨まれるというシチュエーションに瀬戸の心は少しだけときめくが、顔に出さないように慌ててツッコミを入れる。



「いやいやいや。だってさっきの君と今の君はずいぶん違うよね? 何これ」



「失礼だと……思う。人をイメージや印象で見てしまう奴はやっぱり、ウザいですよ」



 だってまるで別人じゃないかと、反論しようと口を開きかけた瀬戸は、あゆむの今までの発言の意図に気づく。


 どうやらあゆむは、自分のことを可愛いやら、小動物とかそういう目でみる人が嫌い。もしくは可愛らしい顔にコンプレックスを持っているのか。


「君は自分のことが嫌いなのかい?」


「いきなりなんですか」


「なんかそんな気がして」


「誰しもが貴女みたいに、なれるわけじゃないんですよ」


「む……つまりどういうことなんだよ!」


 ちょっとイラついてきた瀬戸は声を荒げるが、あゆむは動じない。





「僕は好きでこんな顔に生まれたわけじゃないっ! 顔で判断する奴が一番、ムカつくんですよね」


「……うん」


「そんな奴らのために可愛い風に演じるの、凄く……疲れる」


 ポツリと最後は聞き取れないほどに、小さい声だった。


「貴女は、平気なんですか?」


「別にボクはこの感じは昔からだし。作ったキャラとかじゃないからね、別に」



「でも詩織さんの服を着たんですよね?」


「えっ!? な、なんで知って」


「詩織さん言ってた。無理してるって」


「ボクは別に」



 本人的には無理はしていない。



 ただちょっと、可愛いモノに興味はあるだけだ。ただちょっと、可愛いモノを付けたり買ったりする勇気がないだけだ。




「あんな人でも苦労したんですよ。お金持ちだからって、行事があるたびにお金を求められたり」


「なっ!?」



 話の内容的に詩織のことだろう。瀬戸は身を乗り出し、続きをうながす。



「それで……」


「お嬢様は非常識が相場とかなんとかで、ゲスな奴らがゲスなことをしようとしたり」



 ――なんだと、そいつら殺してやる。



 身体が熱くなるのを感じる。殺意が抑えきれなくなりはじめる。あゆむはそんな瀬戸を見て、満足そうに表情を浮かべてフッと緩めた。





「だから、詩織さんは貴女にしか無理だと思います」


「ん? ちょっと待って。どういうこと」


 いきなり飛んだ話に瀬戸は、思わず口を挟んだ。




「詩織さんを支えられるのは貴女しか、いないと思いますので。よろしくです」


「ねぇ、君って詩織とはどういう関係で」



 笑顔で質問をかわされ、瀬戸は焦る。



「それでは、また」


「待って!!」



 華麗な身のこなしで、瀬戸が掴もうとしたあゆむは手を払う。


「あの子はいったい……」


 電気の消えた廊下の奥へと片手を振りながら消えてしまったあゆむを見つめ、瀬戸は悔しそうな声を出した。



 ――もっと色んなこと、詳しく聞けたのに。なんだあの身のこなし方は……。ボクが捕まえられなかった。







「……という感じの人みたいですよ? 彼女。……はいはい、そうですね。個人的には賛成です。詩織さんも幸せそうですから。考えておくのもいいと思いますが」


 そこまでまくし立ててから、あゆむは少し考えたような声を出す。





「まぁ、貴方が彼女を消すというなら、手伝いますが。はい、それでは」







 ピッと長い間繋がっていた電話を切る。そしてため息をつき、ポツリとこぼした。




「詩織さんとの約束、破っちゃったな」

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