第16話 可憐な花には毒がある

 休み時間。居ても立っても居られなかった瀬戸は、行動を始めた。赤城や委員長が「早く行けー」とうるさかった。


 ――まぁ、ボクらのことを心配してくれてはいるんだろうな。


 詩織のクラスへと突撃を開始。まるでゲームのように休み時間、人が賑わう廊下で人の間を通り抜けていく。






「百合川 詩織、いますか?」


 教室を覗き込むとまばらに生徒がいた。たまたま目があった生徒が、驚きの声を出す。


「きゃっ」


 瀬戸も、困惑した声を出す。


「え、何」


「え、いや。詩織さんならもう戻ってくると……思うよ?」


「うん、ありがとう」


 第一印象は可愛いなーだった。ただ少し小骨が喉に刺さるような違和感を感じ、その生徒を観察してしまう。




 女性だと思っていたが、よく見るとその生徒はズボンを履いていた。そしてオロオロと瀬戸を上目遣いで見つめる。


 ――ズボン履いてるということは……。



「ねぇ、君」





「瀬戸さん、どうしたんですか? こんな所で?」



 聞き慣れた声だ、だけど少し声が低い。


 瀬戸は自分が教室の入り口を塞いでいたことに気づき、サッと端に移動し声をかける。


「……詩織」


 詩織は気まずそうな顔で瀬戸を見ている。その瞳には動揺と嬉しさがせめぎあっているようにもとれる。


「はい」


「これ、落としたよ」


 今朝、見つけたハンカチを詩織に手渡す。


「えっ、あぁ。どうりで見当たらないと思っていました」


 受け取ると嬉しそうに笑う詩織に、さっきの男の子はまたまた驚いた顔をする。詩織がいつもよりなぜか可愛く思える。



「さっきの君。ありがとうね」


「い、いえ。そんなむしろすいません」


 苦笑いを浮かべる少年を見た詩織はいたずらっ子のような無邪気な顔で凄いことを言った。




「あゆむくんは、瀬戸さんの大ファンなんですよ」


「えっ」


 ――ボクのファン!? ボク、いつのまにこんなに人気なってたのさ。


 少年はえっ、と声を出し、ポカポカと詩織を叩いている。ポカポカと叩いているのはいいのだが、おそらくあれだと節分の豆まきの豆程度の痛みだ。



「瀬戸さんに見られてますよ〜」


 詩織がそう告げると、ハッと顔を上げモジモジと足を動かし、恥ずかしそうに顔を赤らめる少年に、瀬戸は納得する。




 このクラスではきっと、小動物的ポジションだ!! と。






 話がひと段落をしたことに気づいた詩織は、素早く行動に移す。


「では、私はもう行きますね」


「詩織っ!」


 逃げようとした詩織の手を捕まえ、自らの手を絡める。すると、じんわりと体温が伝わってくる。マメができ、皮が厚くなってしまった瀬戸とは違う。白く柔らかい女の子の手。



「せ、せとさん……なっ、なんで」


 口が回らず、たどたどしい詩織は瀬戸に問いかけるが、瀬戸からは何も返ってこない。



「…………っ。最近、詩織に避けられてるような気がして」


「えっ」






 キョトンとした詩織は、心当たりがないらしい。


「あ、あの避けてるつもりは」


「あのさ普通、避けるのはボクの方だと思うんだよね。ほら、 そういうものだろう?」


「うーん、そういうものなんですか」



 記憶を探っているのか、詩織はどこか上の空だ。



「詩織にそういうつもりがなかったなら、いいんだ。……忘れて」


 瀬戸は自分の考えすぎだったことに安堵した。そして安心しきったような笑みを浮かべる。


 その笑みに詩織は顔を赤らめ、あゆむはどこか強張った顔をした。



「詩織、ボクからのお願いなんだけど」


「なんですか、瀬戸さん」


 お願いと聞き、詩織の声は弾む。





「ボクとLIME交換しない?」




 *****




「ね? 瀬戸さんは可愛くてカッコいいですよね。言った通りです、最高です! わざわざこんな可愛いこと言いに来てくれるなんて……」



 瀬戸が去ってから怒涛の勢いで話始める詩織に、あゆむは顔色さえも変えず、あいづちをうつ。



「……そうだね、詩織さんの言う瀬戸さんの魅力が少しわかった気がするよ」




「それは、良かったです。でも……」


 そこまで言って詩織はあゆむの顔を見て告げる。






「瀬戸さんに、手出しちゃダメですよ?」



 誰も見たことのない冷たい表情。


 あゆむは何も言わない。その様子を見て満足そうに、静かに笑う。



「ここまできたら、逃したくなんてないんです。どんな手を使ってでも瀬戸さんを……」


 詩織の言葉を遮るあゆむは、強い意志を持って言葉を紡ぐ。


「その、僕には上手く言えないけど。普通にすればいいと……思うよ。だって詩織さんは素敵な人だもん。瀬戸さんだってもっともっと惹かれちゃうよ」


「そんなことないです。……こんな私を知ったら瀬戸さんだって」




「むしろもっと好きになるんじゃないかな。ほら、ぎゃっぷ萌え?? ってやつ」


「ギャップ萌えを狙うなら、意外性がないとダメだと思います」


 そこだけは譲れないと詩織はきっぱりと否定した。きっぱりと言った。




「ギャップ萌えは瀬戸さんですから」







「お父様に報告……するのですか?」


「詩織さんのお父さんに? 僕はしないよ。でも噂が耳に入ってしまうかもしれないと……思うよ」



 あゆむの言葉に詩織は、一瞬悔しそうにするが、すぐいつもの表情に戻る。








「まぁ、もし何か言われたとしても私と瀬戸さんの間には、何も関係ないことですから」

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