第14話 混乱状態

 鳩が豆鉄砲をくらったようというのは、このことだろうか。瀬戸は数分間、動かなかった。


「……ボクもう帰る」


 喉の奥から絞り出した声は掠れていた。


「はい。制服も泥は取れましたし、雨も止みましたからね」


 詩織は予想してましたと言わんばかりに、スラスラと言葉を返している。


 ――ボクはこんなに動揺しているのに、詩織は全然そんな風には見えないな。


「制服、紙袋に入れておきますね」


 ガサリと詩織が紙袋に制服を入れる。ただそれだけの動作なのに、気品があふれている。


「……あぁ、ありがとう。あ! 洗って返すよ」


 ボーッとしていた瀬戸だが、服の話になり慌てて返事をした。


「別に洗って返さなくてもいいんですよ?」


 サラッと聞き流しそうなほど自然に、とんでもないことを言った。


「一応、礼儀だからっ! それに洗わないとナニか使われそうで怖いから、心から」


「えー酷いです。そんなことしませんよ、私は」


「詩織、怖い」


「怖くないですよ。私は」





 *****





「瀬戸さん、まっすぐ帰るんですよ〜」


 やたらと母親みたいに心配する詩織を大丈夫だからと言いきり、フラフラと家へと向かう。


 フラッシュバックするのは、あの光景。



「はぁー」


 溜息をなんどもなんども繰り返し、ボンヤリとしている瀬戸は気づかない。瀬戸の横を通り過ぎた人は驚き、瀬戸の方を向き立ち止まるということに。




「……瀬戸さん?」


 声が聞こえ、詩織かと思い振り向く。


「きゃあ!」


 よく見たら、委員長だった。口を手で覆い、目を見開いていた。



「ほら、やっぱ瀬戸じゃねーか……ん?」


 いつの間にか近くにいた赤城は、瀬戸の顔を覗き込み、怪訝そうな顔をする。


「……赤城と委員長」


「……えっと」


 何か言いたそうな委員長を手で阻止し「瀬戸、よく聞けよ」と瀬戸の肩をがっしりと掴んで言った。







 「ほっぺたに口紅ついてんぞ」







 まさに地獄。地獄の時間だった。空気が凍るとはこのことだ。



「え……えっ」



 瀬戸の頭はオーバーヒートしそうだった。かなり混乱が激しくなる。


「とりあえず、コレ。ティッシュですまん」


 ティッシュを渡され、赤城は自分の頬をトントンと指差し、瀬戸に左についてると教えてくれた。


「ありがとう」


 手探りで左側を拭き取ると、あまり色が濃くないピンク色の口紅だった。


 口紅だったんだ。リップクリームだと思ってた。



 瀬戸は自分の女子力の無さに愕然としていた。







 それから途中まで一緒に帰ることになった。どうやら本来、家のほうで曲がる道を通り過ぎ学校の方まで来てしまったらしい。



 二人は勉強が終わったので帰っていた途中だった。



「お洋服可愛いですよ。瀬戸さんによく似合っています」


「……ありがとう」


「瀬戸さんが、こういう服着るの意外ですね」


 意外と言われ、顔色を変えてしまう。


「……っ」



 ――あぁ、最悪だ。よりによって赤城に見られるなんて。どうせ、馬鹿にでもされるかな。




「なぁ、瀬戸」


「何さ、赤城」


「お前、こういう服でも似合うんだな」


「何それ、馬鹿にしてる?」


「まぁ、上手く言えないが俺は」


「……うん」


「誰がなんと言おうと、お前が好きな格好すればいいんじゃねーかと思うんだが」




 ――赤城。もしかしてボクが悩んでたこと気づいてたのかな、それとも……。




 雨が止み、雲の間から光が射す。委員長は一歩後ろに下がりながら、幼馴染の仲睦まじい会話をきいていた。


 微笑みを浮かべながら。

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