第13話 初めての感情
「なんか見覚えがあるものばかりなんだけど」
引き気味に尋ねる瀬戸の顔は引きつっていた。棚を指差し、これもこれもなんとなく覚えあるんだけどと聞くと、いつもの笑顔でニコニコと流される。
「……フフ」
「いや、フフじゃないよ」
「瀬戸さんコレクションですっ!」
「こ、これが」
――まさか本当にやっているとは。
「そんなにボクのこと好き?」
「はいっ、好きです」
「……なんで?」
「好きになるのに理由なんているんですか? 少なくとも私はそうは思いませんよ」
いつものように返されてしまい、一瞬納得しそうになるが、瀬戸は知っているそれは誤魔化しだと。
「ご、ごまかさないで欲しいんだけど」
「瀬戸さんにこういうことを言うの、恥ずかしいです」
「ボクが知りたいんだよ? 話してくれないかな」
「なら先に瀬戸さんが話してください」
「何を?」
「どうしてそんなに、男の人っぽくするのか。ずっと瀬戸さんは自分がそうしたいからしているのだと思っていました。近くにいて分かる、瀬戸さんは無理していると」
「ボクは別に……」
「……瀬戸さん」
真正面から顔を見られ、はっきりと名前を呼ばれる。
「……ん、わかったよ」
「はい」
「ボクは強くてカッコいい兄さんが大好きだった。兄さんみたいになりたいと思ってたんだよ」
「……お兄様」
「うん、そう。まあ、それで兄さんの真似して色々なことをやったりしていたけど、自分の不甲斐なさが分かるだけでさ。自分でも何がしたいのかよく分からなくなっちゃって」
「……っ」
――兄さんは優秀だった。でもボクは兄さんみたいになれない。悪い点数を取ったりしても、兄さんみたいに上手く出来なくても、ママも父さんもボクを責めたりしなかった。
ボクにはそれが惨めに見えた。
「お兄さんは優秀なのにね〜」 その声が頭から離れない。
「兄さんみたいに強くなりたい。兄さんみたいにボクも、ボクも……」
ギリギリと音を立てる拳は、爪が食い込み血が出ていた。
「瀬戸さん。私は」
「でもボクは好きで、男の子っぽくしているのであって強制されてるとか、そういうのではないからね。ただちょっと興味あるだけで」
「瀬戸さんだってお年頃です。少しぐらい興味が出ても、それは悪いことじゃないんです」
普通のことです。と詩織は瀬戸を安心させるように笑う。
「……詩織」
瀬戸の目は死んでいた。どこか遠くを眺めていた。
「瀬戸さん。瀬戸さんは覚えていらっしゃらないと思うのですが、私は瀬戸さんに救われました!! 瀬戸さんは素敵な人です。私にとって、世界で一番大切な人なんです!! それは、それだけは誰にも否定なんかさせません」
目に涙を溜めながら、想いのふちをぶちまける詩織に瀬戸の表情は泣きそうに歪んでいく。
「ボクなんかをどうして、そんなに」
「私、瀬戸さんが大好きなんです」
温かい声だった。詩織のその言葉が心の中に染み渡っていく。
「好きです、瀬戸さん」
チュッ
金木犀の香りがフワリと広がる。頬に温かい感触が当たる。
目を見開き、慌てて視線を動かすと優しい微笑みを浮かべる詩織がとても、とても綺麗だった。
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