第11話 可愛い服

 ザァザァと降る雨の中、傘も持たずに二人は走る。ひたすら走る。詩織が瀬戸を先導するかのように走っていた。


 ――コンビニで傘でも買えばよかったな。あぁ、こんなびしょ濡れだとお店にも入れないや。それに、この道は車通りが多い道だな。



 瀬戸は少し後悔をしていた。


 大きい水たまりを車が通った。軽ならよかった、ワンボックスカーが詩織の横を通り過ぎようとしていた。


「詩織っ!!」


 瀬戸は今まで培ってきた力を駆使し、素早く詩織を押しのけた。


「きゃあ」


 ピシャアアン


 大量の水が瀬戸を襲った。詩織は少しの泥がついてしまったが、瀬戸ほどではない。


「あ、あ。瀬戸さん……どうして」


「女の子に泥を被せるわけにはいかないだろ?」



「……っ」


 詩織は何かを言いたそうに口を開いたり、閉じたりしている。ボソリと何かを呟いた。そして、その言葉は誰にも届かずに消えていった。





 *****



 想像どおりの大きい家であった。使用人がいたりするのかと思ったが、いなかった。詩織曰く、ただの広い家ですよだそうだ。



 詩織の家に案内されたのはいいが、二人は玄関で押し問答を始める。



「いやいや、このくらい平気だよ」


 泥だらけになってしまった瀬戸。詩織はシャワーを浴びることを提案したが、瀬戸は小雨になったら帰るよと言う。


「今から制服をしっかりやれば、確実に泥は落ちますよ。今ならっ!」


「ぐっ」


 逃げ道を塞がれて、手も足も出ない瀬戸に詩織はプレゼンでもするかのような、熱量で語る。


「だから、シャワーどうぞ。ほら早く、着替えなら貸します」


「いや、制服でいいから。あっ、違う。シャワー、借りないけど」


「あのですね、憧れなんです。彼シャツならぬ、彼女シャツっていうやつがっ!! わかりますか? だからシャワーどうぞ」



 結局、押しの強い詩織には勝てず、シャワーを借りることになった瀬戸。


 渡された服を見て瀬戸は、戸惑い隠しきれない。


「詩織さん……コレは」


「私の服ですよ。サイズも会うはずですし、何も心配はいらないです」


「いや、でもこんな……高そうなの」


「コレは、GFで買ったんですよ。瀬戸さんが考えているような何十万するお洋服など滅多に着ませんし。私、普段はこういう感じのお洋服なんです」


「そうなんだ、GFならボクもよく買うよ。でも凄く可愛い服、ボクには似合わないさ」


 瀬戸の言うとおり、詩織が渡した服は瀬戸が普段着ないであろうスカートやピンクの可愛いフリルのついた洋服であった。


 うろたえる瀬戸の様子に、詩織はたたみかける。


「普段着ないからこそ、こういう時に着てみると意外な発見があったりするものですよ。それに、ちょっとしたことでも自分の中の価値観など壊れたりしちゃうものです」


「で、でも……ボクには」


「似合う似合わないじゃない。瀬戸さんが着たいか着たくないかです。瀬戸さんが嫌ならもっとシンプルなお洋服をお持ちしますよ?」


 そこまで一息でまくしたてた詩織は、瀬戸の瞳を覗き込む。


 緑色の瞳が揺らぎ、詩織から視線を外す。




「瀬戸さんだって女の子なんですよ。少しぐらいおしゃれしてみたいんじゃないですか? そうじゃなきゃ、リボンのついた髪飾りとか可愛い猫のキーホルダーとか羨ましそうに見つめる意味がないでしょう」


「な、なんで。そのこと知って」




 瀬戸には周りの人が可愛いものを持っているのを見ると、つい見つめてしまう癖があった。


 今まで気になるだけだと思っていたが、どうやら違うのかもしれないと瀬戸の頭はパニック状態になり始める。





 ――ボクは……ボクはどうしたいんだ。嫌なら断ればいいんだ。……断れば。








「詩織、着たい。……その服」


「その言葉、待っていました」


 詩織は満足そうに笑った。

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