第10話 駄菓子屋デート


「ほらここが駄菓子屋だよ」


 善は急げと学校から足早に向かったからか、すぐに着いてしまった。


 こじんまりとした駄菓子屋がポツンとあった。周りが木々に囲まれているからか、曇ってジメジメしているからなのか、よけいに孤立しているように見えた。



 入口のすぐ側、自動販売機の真横にはベンチがあり、座って食べたりできるスペースがあった。



 近くには小学校があり、残っている子供達だろうか。笑い声がこちらの方まで聞こえてきた。


「すぐ近くに小学校があってね。ボク達もよく駄菓子屋に通ってたんだ。思い出の場所だよ」


 瀬戸は、はにかむような笑顔で手を広げてみせた。詩織は口を開け、駄菓子屋を見つめている。


「ん?どうしたの。し、詩織」


 反応がない詩織を心配して、声をかける。呼びなれない呼び捨てでどもってしまい一瞬、瀬戸の動きが止まった。


「あっ……いえ、その。瀬戸さんの思い出の場所なんだと思ったら、なんか考え深いです」


「そんな、たいしたことないよ」


「うーん、たいしたことですよ。あっ、私の家ここから近いんですけれど、小さい頃の瀬戸さんがよく来てたってことはっ! つまり私もその頃この場所に来ていれば小さい瀬戸さんに会えたかもし「ほら、詩織入ろうよ」


 詩織が早口で長々と語り始めたので、慌てて言葉を重ね、話を終わらせる。




「コホンッ。はい、行きましょう。瀬戸さん」


 詩織が落ち着いたのを見届けてから、大きく息を吸った。





「こんにちわー」


 瀬戸はそう言いかなり古くなってしまったドアを開けた。すると、昔の記憶と全く変わらないお菓子の数々が目に飛び込んできた。


「うわぁー、凄いです。お菓子がいっぱいありますね」


「ここは種類が割と多い方なんだ」


 雑談をしながら、店内を見渡していると奥の襖がガタリと音を立ててから開いた。



「いらっしゃい」


 女の人の声が聞こえた。二人は商品にぶつからないように、襖に近づいていく。




「あっ」


 瀬戸が声をあげた。奥から出てきたのはおばあさんだった。人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、歓迎してくれる。


「久しぶりね〜明美ちゃん。元気にしてたかしら?」


 シワシワな手を伸ばし、握手を求めてきたおばあさんに瀬戸は驚きながらも、恥ずかしそうに握手を交わした。


「うっ、はい! 元気ですよ」




「おや? 初めて見る子だね〜」


 のんびりとした口調で詩織を見つめ、「いらっしゃい」と声をかけてくれた。


「初めまして、百合川 詩織と申します。詩織とお呼びください」


「詩織ちゃんね、わかったよ。それにしても急にどうしたの? 最近は滅多に来なかったのにね〜」


 あらあら、と言いながら手を頬に当て微笑む。


「詩織がこの駄菓子屋に、行きたいっていうから連れてきたんだ」


「デートかい?」


「ふふ、そうですよ。よくお分かりで」


「違うよっ、違うってば!!」


 ――ボ、ボク詩織のこういうとこ、嫌いだよ。大ッキライ!! まったく、もう。


「あらあら〜そうなの。明美ちゃん、ちゃんとリードしてやらないとね」


「だ、だからー! 違うって!!」


 瀬戸は顔をまっかかに、染め上げながらも否定するが、その顔のせいで全くもって説得力がなかった。



「さぁ、たくさん美味しい駄菓子を選んでね」






 *****






 お店から出て、ベンチに座ってから二人は雑談をしていた。


「こんなにお菓子をたくさん買えましたよ! お安いですね」


 ビニール袋いっぱいの駄菓子を掲げて、瀬戸に見せる。うーんまい棒が袋から落ちそうだ。


「うん、小学生とか大助かりだよね。ほんとにお世話になったよ」


「駄菓子屋巡りとかしてみたいですね」


 詩織の言葉に瀬戸が、ピクリと反応する。


「昔はこの近くにも、たくさんあったんだけどね。ここら辺には、この駄菓子屋しか残ってないんだよ」


「そうなんですか、なんか寂しいです」


 風が吹く。チョコレート色の髪が風でなびいていた。




 独特の匂いが鼻をかすめた。


「んっ」


「どうかしました? 瀬戸さん」



 ――この匂いは……雨が降るかも。


 雨が降る前の不思議な匂い。小さい頃は、好きだったのかもしれない。雨もこの匂いも。でも今は違うのかもしれない。


「詩織。雨が降るかもしれない」


「えっ、雨ですか?」


「うん、急いで帰ろう」




「雲が真っ暗です」


 詩織の声に反応し、空を見上げみると確かにドス黒い雲に覆われていた。


「ボク、こっちだから! じゃあ、また明日だね」


 そう走り出そうとした瞬間だった。ポツリ、おでこに冷たい感覚。



 瀬戸は、終わったなと呟いた。ポツ、ポツと降り出した雨がバケツをひっくり返したような雨に変わったのは、すぐのことだった。


「うわあああぁぁ」


 一瞬にして、制服がびしょ濡れになる。


 突然の豪雨に負けじと詩織が、かなり大きな声で話す。それでもだいぶ聞き取りづらいが。


「瀬戸さーん! すぐ近く、私の家があるんですよ。雨宿りにきてくださーい」



「いいの? ありがとうー。助かるよ」

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