第9話 王子

 授業が終わり、帰る時間になった。瀬戸は素早く支度を済ませて赤城に声をかけた。


「赤城! 帰ろう」


「あー、わりぃ。委員長にさ、勉強教えてもらうから」


 手を合わせ、わりぃと謝る赤城にニヤリと含みのある笑顔をする瀬戸。


「ふーん、そう? わかった」


「助かる」




「しっかし、あの勉強嫌いの赤城が……凄いな」


 瀬戸は心底驚いた声を出す。「だろ? 凄いだろう。俺は!!」などと、のたまう赤城。


「委員長効果だね」


 瀬戸は、自分の発言にツボにはまってしまったらしく、腹を抱えて笑っている。


「なんだよ、それ!!」


「あははははっ! もう、ほんとにむり。ひぃはぁー」


 赤城はペチンッと軽く頭を叩いてみたが、瀬戸には効かなかったらしくゲラゲラと笑い転げている。


「せ、瀬戸さん。大丈夫ですかね?」


 心配そうに瀬戸を見つめる委員長を見て、赤城は「へーき、へーき」と手をひらひら動かした。


「はぁ……はぁ。あっ、委員長! お疲れ様」


「お疲れ様です。瀬戸さん」


「赤城のこと、よろしく。赤城がサボり始めたら叩いてやってもいいから」


「フフ、わかりました」


 委員長は眼鏡を拭きながら、楽しそうに笑っていた。






 *****







「瀬戸さーん」


 詩織は手を振りながら、ぴょこぴょこと駆け寄ってくる。子犬みたいだ。


「百合川さん、ごめん。遅くなった?」


「いえ、今来たところですよ。大丈夫です」


「じゃあ、行こうか」


「はいっ! きゃああ」


 段差につまづいてしまい、詩織は焦った声が聞こえた。瀬戸はとっさにお腹に手を回し、詩織を受け止める。


「おっと。怪我はないかい?」


 ――とっさに手を回しちゃったけど、痛くなかったかな?


「あっ……あ」


 詩織は放心状態だ。


「百合川さん?」


何も話さない詩織に、瀬戸はだんだん心配になってくる。


「王子様だ」 「キャー、カッコいい」と周りの人達から聞こえる。その声に負けじと詩織の声が響く。


「詩織って呼んでくださいいいいーー!! お願いします! お願いしますー」


 詩織は混乱した。人目もはばからず絶叫している。まさに鬼の形相で、頼み込む詩織の重圧に瀬戸は断ることができない。


「い、いいよ。……詩織。これでいいだろ、行こう」


 引き気味の瀬戸に対し、詩織は満足な顔で「ありがとうございます」ときっちりお礼をして、九十度の角度でお辞儀をした。




 校門を出たあたり、詩織が瀬戸に話しかける。


「あの瀬戸さん。行きたいところがあるんですけど」


「今から? 別にいいけど」


「ありがとうございます! 駄菓子屋さんに行きたいんです」


「……駄菓子屋? 確かにこの近くにあるけど、どうしてそこに行きたいんだい?」


 瀬戸はなんとも言えないような、微妙な顔をして尋ねた。




 詩織は一瞬だけ視線を彷徨わせた後、大きく息を吸って目の前の瀬戸に告げた。



「駄菓子屋デートっていうやつをしてみたいんですっ!」



「世の中にそんなデートがあるんだ」


 瀬戸はそんな言葉を呟いた。

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