第8話 計画通りです

 いつもの通学路をいつも通りに歩いている。歩く速さに合わせて、見慣れたチョコレート色の髪が揺れる。



 昨日は疲れたなーと、腕を伸ばすと関節がギジッと痛んだ。眉間にシワを寄せ、呟いた。


「痛ててて」


 普段見ない瀬戸の表情に、詩織は舞い上がる。


「……ぅあ、どこか痛むのですか?」


 詩織は一瞬、もだえるような変な声を出した後、スッといつも通りの声色に戻る。


「……ん? なんかいま」


「なんでもないですよ? それでどうされたんですか」


「うん、昨日久しぶりに兄さんが帰ってきてさ!! 稽古をつけてもらったんだよ。それでねー」



 瞳を輝かせ、嬉しそうに語りはじめた瀬戸に詩織は花のような笑顔を見せた。そして瀬戸の言葉を一句も、もらさないように聞くことに集中するのであった。



「稽古っていうのは、ジークンドーと空手とか護身術とか合気道とかなんだけど。ボクのは、割と自己流っていうか。まぁ、試合でできるかと言われたらノーなんだけどさ。割と実戦で使えるんだよね、で兄さんが」



「そうか、敦兄さんが帰ってきたのか」


 背後から声が聞こえた。背後に人がいることに気づき、慌てて振り向くと「置いていくなんて酷くね?」と少しふてくさった顔をした赤城がいた。


「あっ、ごめん。うん、兄さん帰ってきたよ」


 もともと三人で登校していたのだが、話が熱中していくうちに赤城を、話も物理的にも置いてきていたらしい。



「ごめんなさい。気づいてはいたんですけど、瀬戸さんのお話を聞くので精一杯でしたので」なんて平然と言ってのける詩織は、いい笑顔だった。




「百合川さんが一番酷いな!! おいっ、マジで」







「ところで何で兄さん帰ってきたってわかったの? ここからじゃ、話が聞こえなかったでしょ」


「お前、昔から分かりやすいんだよな。まぁ……だからだよ」


「なんだよ、それ」


「溢れ出る幼馴染感。羨ましいですねー」


 ほほえましいとばかり、にこやかに告げる詩織に


「「そんなのないっ!!」」


 二人のツッコミが揃った。






 *****




 お昼の時間。


 コンビニで買い弁の人もいれば、購買で買う人もいる。


 瀬戸、赤城、詩織、委員長はお弁当派だった。


 遊園地について話すために集まったのだ。机をくっつけ、向かい合わせに座る。


「いただきます」と手を合わせ、行儀良く食べ始める。野菜やお肉、偏りのないある意味一般的なお弁当だった。



 ――百合川さんの弁当は、意外と普通なんだな。てっきり重箱に詰めて持ってくるとかだと思ってたよ。失礼だから言わないけど。




 そんなことを考えていると、詩織に声をかけられる。


「瀬戸さんのは、お母様がお作りになっているのでしょうか?」


「うん、そうだよ。マ……母さんがね」


「おっとりしてるんだよなー。お前の母さんは」


 赤城は楽しそうに、瀬戸の家族の話しはじめた。


 ――なんでボクの家族の話なんだよ! 赤城の方がよっぽど凄いのにな。


 悪態を心の中で呟きながら、でも家族を褒められるのは、悪くないなと感じてしまう。



「へー、見てみたいですね。百合川さん」


 委員長は、興味津々という感じに身を乗り出して、話を聞いている。


「はいっ! とてもお会いしたいです。ぜひ、お兄さんにも」


「機会があればね」








「で、遊園地なんだけど。どうする?」


「確か、チケットあるって言ってたよね。百合川さん」


「はい。実は、父が作った遊園地なんです。まだ営業はしていないんですけど、お試し期間みたいな感じで特別に入らせてくれるみたいで」


「そうなんですか。どうりで最近出来た遊園地なんてあったのかなと疑問に思っていたところなんですよ」


 手をポンとやり、謎が解けたと委員長は嬉しそうだ。


「お金はいくらぐらいがいいんだろうか?」


 お金は大切だからと詩織に質問をする。


「お試しということでチケット代は無料ですので、お昼代とかでしょうか」


「マジか!! チケット代が無料かっ! 百合川さん最高かよーー」


 嬉しさのあまり抱きつきそうになっている赤城に、詩織は「楽しんでもらえそうで、よかったです」と赤城からちょっと離れた。


 そのことに気づかない赤城に、委員長は顔を背けて笑っている。



 その光景を見ながら、飲み物に手を伸ばす。


「何飲んでいるのですか?」


 いつのまにか、詩織がすぐ近くにいた。整った顔が目の前に現れ、心臓の鼓動が耳元で聞こえてくるような錯覚に陥る。


 詩織が瀬戸の飲んでいるパックを指差した。


「ん、イチゴミルク」


 動揺を顔に出さないように返事をしたが、詩織はしげしげと瀬戸の顔を見ていたが、だんだん下を向き始める。




「ボクの顔に何か付いているかい?」


「い、いえ。その、相変わらずカッコいいなーって思いまして」


 話しかけられたことで、バッと顔を上げた詩織の顔は真っ赤だった。少し潤んだ瞳が、なんだか心臓に悪いような気がして、自然と瀬戸の顔が赤くなる。




「う……あっ。ボク、これを捨ててくるよ」



「私が捨てますよ? ほら、ゴミ箱近いですし」



「あ、ありがと」


 髪を耳にかけた詩織は、瀬戸の手からイチゴミルクを大切そうに受け取った。







 赤城は見た。


 詩織が瀬戸から受け取った、イチゴミルクのパックからストローを取り出したところを。



 そしてそれは、素早い動きでジプロックへと入れられていったのだった。

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