ep.21

 理不尽と理不尽がぶつかり合い、理不尽な光景を生んでいる。

 目の前で繰り広げられている出来事は、文字通り次元が違うと形容する他になかった。

 賽の民を代表する最強の一角、閃光。対するは仇敵たる角の民。

 何が行われているのか、その全容は把握できない。

 なにしろ戦っている速度域が違いすぎる。

 腕が煌めいたかと思えば重なり過ぎてもはや一つの音のようにも消える金属音が鳴り、姿を見失ったかと思えば次の瞬間には立ち位置が入れ替わっている。

 発動した魔術の炎が広がり切る前に二つに断ち切られたかと思えばその場に氷柱が屹立する。

 次元が違う。

 少し前まで私たちが繰り広げていたものは、戦いという体裁すら整っていなかった。激流の中に石を投げ込んでいたようなものだった。私たちの行いに意味なんてなかった。角の民を相手に足止め出来ていたなどと、ただの思い上がりだったのだ。

「立てますか?」

 そんな無力感に浸っている暇などない。歯軋りをして吹き出す気持ちを押さえつけ、近くにいた負傷者を起こしていく。派手に吹き飛ばされたように見えた大楯の男性も、思っていたよりは軽症だった。

「あんがとよ、お嬢。こっちもあと少しなら耐えられるかねぇ……」

 すっかりひしゃげてしまった大楯を確認しながら男性がぼやく。

「ここだとマリアさんの邪魔になるかもしれません。少し移動します」

 正直に言うと、もう私達の出番はない。せいぜいが邪魔にならぬように距離を取るくらいで、それすらも別働隊だった人達が私の手が回らない位置にいる負傷者を回収し終えている以上すでに完了したと言っていい。

 でも。それでも。

 そんな言葉が私の頭の中を何度も何度も回り回って止まらない。

 だって。あの人は私を友人だと言ってくれた。出会ったばかりで、歳も少し離れていて。でもそんなことは関係無くて。

 私は失ってばかりだ。故郷を失い、仲間を失い、命さえ失う所だった。だけど、それでも、私は得ることが出来た。友達が出来たのだ。

 失いたくない。もしかしたら余計なお世話で、マリアさんは余裕なのかもしれないけれど。友人の為になにかをしたい。

 彼女は私の為だと言った。だから私も彼女の為に。

 考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。

 角の民による襲撃。おそらくこの場所だけではない。ヴァイスさんが向かった方向にも居る。そうなると少なくとも敵は二手に分かれている。目的は一体。何故この街に。弾かれるマリアさんの拳。何故この場所に。角の民の剣が弾かれる。ヴァイスさんはカイさんの救援に向かった。角の民が後ろへ大きく跳躍。中央区画。マリアさんの打撃が宙を切る。重鎮方の居る場所。何故先程までは最小限の動きで躱していたのに今だけ後退したのか。ヴァイスさんが情報屋から得た情報。私の仇は最近目撃されていない。マリアさんが跳躍して追い掛ける。竜の血を探している誰か。再び始まる高速の刃と拳の応酬。竜の血の納品先は二箇所この街の駐留軍と領主襲撃のあった場所相手の目的不可解な行動の理由襲撃のタイミング発言の意図つまり、

「ーーマリアさん、腰の小鞄を!」

 意図は伝わるはずだと大声をあげる。

 理不尽同士の競合いが止まる。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、射殺すような視線を向けてくる角の民。その視線と殺意を遮るように立つマリアさんの顔には、歯をむき出しにした獰猛な笑みが浮かんでいた。

「さっすがアトラちゃん!」

 叫び、マリアさんが吶喊する。

 魔術の使用頻度が上がり、拳を繰り出す頻度も桁違いに上がっている一方で、角の民の剣が閃かない。守りに入っているからだ。

 角の民の腰、左手側にある小さな鞄。その付近に攻撃が及びそうになった時、大袈裟に回避したのはそこに何か大事なものが入っているから。窮地に陥った際の切り札という可能性も否定は出来なかったが、どうやら私の考えは間違っていなかった。

 あそこに入っているのは竜の血を収めた小瓶。あれを求めてこの角の民はこの街を襲ったのだ。

「守らなきゃいけないものがあるって、大変ですね」

 竜の血が今の相手にとって最大の弱点だ。ならばそれを利用しない手はない。何しろ私とマリアさんにとっては竜の血なんてどうでもいい。困るのはあの角の民だけなのだから有効活用するべきだ。持ち主であっただろう駐留軍の将軍は死んでいる筈だ。生きていたら私が冒険者達に指示を飛ばしたりなどしていない。つまり持ち主不在。文句を言う人間が消えているのだから壊そうがなにをしようが問題無い。

 マリアさんの攻勢が加速する。

 先ほどまで続いていた膠着状態が嘘だったかのように一方的に攻め立てる。

「あれが爆心地か……」

 大楯の男性がその光景を見てポツリと呟く。マリアさんの二つ名だろうか?

 爆炎と雷鳴の向こうで、鞄狙いの掬い上げるような軌道の右拳が大振りで放たれる。それを角の民が辛うじて剣で弾く。誘いだ。防御を下げさせる為の布石の一打。踏み出し、体をひねり、文字通り目にも留まらぬ速さで左の拳が角の民の顔を目掛けて振り抜かれた。

「死に去らせぇえええ!!!!」

 爆発と粉塵を伴って、角の民の体が吹き飛んだ。

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