ep.20

 振り返ってみると、寝起きの段階で悪い予感というやつはあったのだ。

 なんとなくそんな気がしていた。だから集中力を欠いていた。

 言い訳ではない。これはれっきとした事実で、結果としてそれで大勢の人が助かる予定なのだから許してほしい。

 与えられた天幕で目を覚ましたワタシは即断。朝飯前に敵軍を蹴散らして、取り敢えず偉いと聞いていた人に伝言をして、急いで街に引き返した。

 するとどうだ。なにやら派手な戦闘音が響いているではないか。

 やはりワタシの予感は正しかった。自らの才覚が恨めしい。

 文字通りすっ飛んでいると、騒ぎの中心らしき場所に見慣れた人物を見つけてしまった。なんでよりにもよってそんな場所にいるのだろう、あの子は。

 ちょっとばかり気合いを入れて、さらに加速。

 今まさにワタシの友人に迫る凶刃を、間に入って弾き飛ばした。

 「よく頑張ったね。おまたせ、アトラちゃん」

 適当な台詞のように聞こえるだろうが、そんな事はない。どう見たって彼女はボロボロで、ギリギリで、いっぱいいっぱいだ。そんな人間が頑張っていない筈がない。

 「……マリアさん!」

 数少ない、いや、ほぼ唯一と言ってもいい友人。出会ったばかりだとか、歳が少し離れているとか、そういう事は関係がない。赤い髪に勝気な瞳が可愛らしい少女は、ワタシにとって既にかけがえのない人物なのだ。

 「で、ワタシの友達にちょっかいかけてた不届き者君には選択肢があるわ。一つはこの場で土下座して殴られる。もう一つは謝らずに殴られて土下座する。どっちがいい?」

 手甲を確認する。間に割って入る際に相手の剣を思い切り殴りつけたが、特に問題はなさそうだ。むしろ相手の剣が折れていないあたり、さすがは角の民と言うべきなのだろう。脚甲の方も問題無し。体も魔力も問題なし。つまりは絶好調だ。角の民を相手するに不足無し。

 「当然どちらも御免被る。英雄級か、予定が狂いっぱなしだが、まあ今更というものか」

 落ち着き払っているのが気に食わないが、顔がいいので様になっている。余計に気に入らない。これだから顔良し族は困る。

 「そちらが手出ししないのならばこちらは大人しく去るが、どうする」

 「冗談。友達に手出しされて黙ってられるわけないでしょ」

 それに、

 「まさか絶賛戦争中の相手のところで好き勝手暴れた挙句に無傷で帰れるだなんて、そんな事が罷り通るわけがないでしょう」

 この街の領主と駐留軍のメンツなど知ったことではないが、街がこんな状態になっているのだ。そちらには思うところがある。

 一応これでも英雄級と呼ばれているのだ。自身がそういう扱いを望んでいないとしても周囲は勝手にそう扱う。つまり周囲は私に対して勝手に期待しているし、こういう時に戦わないと勝手に失望して私に見当違いな嫌がらせなんかをやり始める。だから戦わないという選択肢は普通取れない。まあそんなことは全部副次的な理由だ。最大にして主たる目的は友人に手出しされてイラついているから元凶をぶん殴るということ。

 物事はシンプルな方がいい。

 右の拳を握り締める。魔力の通りはいつも通り。だからいつも通りにその拳を目の前の男に向けて振り抜いた。

 踏み込んで振りかぶって殴る。

 単純だからこそ速度は一瞬。刹那とも言える瞬間に角の民は反応し、きっちりと剣を合わせてきた。

 防がれた。やはり角の民は一筋縄では行かない。

 殴りつけた手甲の先で術式を発動。指向性を持たせた魔力による爆発が角の民を襲う。反動を利用し、体を捻り、続けて左の拳を振るった。

 爆炎は晴れていない。勘を頼りに大体の位置で術式を発動。爆炎よりも射程の長い雷が疾る。

 様子見の攻撃。これで倒せるとは思っていない。

 雷を切り裂いて刃が迫る。そうだろうとも。この程度で死んでもらっては鬱憤が晴らせない。

 繰り出される剣閃を拳で迎え撃つ。速度重視で弾くのは容易い。交わした火花が十を数えた所で示し合わせたように互いに距離を取る。

 軽い挨拶は今ので終わり。

 うーん、これは思っていたより骨が折れそうだ。顔の良い男でここまで強いとなると気に入らない具合がどんどん上昇していく。別の私個人が顔良し族を毛嫌いしているわけでない。ないのだ。

 勢い任せで突っ込むのはワタシの癖だが、勢いが良い時というのは大抵面倒具合も凄いので本当にどうにかした方がいいだろう。思っていても治らないのだけれど。

 「なるほど、二つ名が複数ある理由が分かったよ」

  顔良し角の民が何やら言っている。

 「なーんか賽の民の情報に詳しいわね……?」

 小手調べは終わった。次の遣り取りからは本気だ。

 派手な魔法は使えない。すでに被害が出ているとはいえ、ワタシが自ら市街地を破壊するのは避けねばならない。つまりは射程距離が短くて、尚且つ角の民の防御を突破する威力が求められる。

 「うっわー面倒だなー」

 両の拳を打ち合わせて気合を入れる。

 面倒だけれど、我が愛しの友人の分だけは確実にブン殴らなければ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る