ep.18
「生き残りか! ここは危険だぞ」
そんな台詞と共に路地裏から現れたのは、足元でうずくまっている男と同じ服装をしていた。後から現れた方の目は正気を保っているように見える。
「いえ、野次馬みたいなものです。角の民が出たと聞いてやってきました」
我ながらどうかと思う理由だが、真実だからしょうがない。
さすがにこの返答は予想外だったのか、男の頭上に疑問符が浮かんでいる。
まるで見計らったかのようなタイミング。私は運が良い。
「状況を教えてもらえますか? 場合によっては協力できる事があるかもしれません」
心にもない事を言っている。私はただ情報が欲しいだけだ。
旗色が良いなら角の民と戦っているらしき一団に合流するし、悪いのならば逃げるつもりでいるのだから。
英雄級がいなくとも、数が揃っているのならばどうにかなる可能性は高い。軍人の男は私を訝しげな表情で睨んだ後、ため息を吐いてから口を開いた。
「角の民が駐留軍居留地を襲撃してきた。正直に言おう。軍は機能していない。今は偶然居合わせた冒険者が足止めしているが、このままでは逃げられるだろう」
「逃げる? 居留地を襲った後は、街の外へ行こうとしているんですか?」
「あぁ。俺たちも詳しい事は分かっていない。街中で破壊工作をするでもなく、駐留軍庁舎を半壊させてからは街の外へと向かっている」
ならば戦わない方が被害は減るのではないだろうか。そう思ったが、流石に彼らにもメンツというものがあるのだろう。それに、この街で活動する冒険者達にも。いくら相手が角の民だとはいえ、自分達の本拠地を襲撃されて、犯人を野放しになど出来ないだろう。
「戦力が一切足りていない。俺達駐留軍の主戦力はアマルティアの英雄級と共に出払っているし、残っていた戦力も不意打ちで瓦解した。君らのような、冒険者に頼らざるをえないのが現状だ」
今の私は冒険者ではないのだが、まあこんな非常事態にあからさまな杖を持って鉄火場に着ていればそういう認識をされてもしょうがない。
取り敢えず、ようやく話が見えてきた。
中央での騒音は原因不明のままだが、そちらはヴァイスさんが向かった以上、こちらに出来ることは何もない。あの人ならばどうにかなるし、どうにかするだろう。全く無関係な別々の出来事ということはないだろうが関連性を推測したところで意味はない。
話は終わった、ばかりに軍人の男は蹲っていた仲間を担ぎ上げる。
「俺はもう行く。力を貸す気があるのなら冒険者と合流するといい。そうでないのなら、逃げなさい」
こちらの返答を聞こうともせず、男は仲間を連れて背を向けた。
契約しているわけでもない。報酬が出るわけでもない。命を落とす可能性がある以上、強制は出来ないのだろう。だから、言うだけ言って去ろうとしている。
「貴方はどうするんですか」
なんとなく、その背中に問いかける。特に意味はない。これからの行動を決めあぐねているから、何となく聞いてみようと思っただけだ。
「負傷者や逃げ遅れの誘導が終わったら戦うよ。仲間が殺されたんだ、せめて俺に出来る範囲で戦わなきゃ死んだやつらに顔向けが出来ん」
振り返らず返答すると、そのまま男は去って行った。
なるほど。それもそうだ。これだけ派手な騒動なのだ。庁舎が半壊したとも言っていた。死人が出ていないわけがない。
「きっとこれからもっと死ぬ」
今戦っている冒険者達は死ぬ。どの程度の実力なのかは知らないが、少なくとも英雄級に満たないのならば間違いなく角の民に殺される。きっとあの軍人は戦力を集めてくる。この街を拠点にしている冒険者に呼びかければ応じる者は多いだろう。命知らずや身の程知らず。この街を気に入っている者や、私のように角の民に恨みを持った者もきっと集まってくる。
そして誰も彼もが戦って死ぬ。死ねば遺された誰かが恨み辛みを募らせる。そうやって世界に怨嗟の声が響き鳴る。
私だってその一人だ。つまり、
「なんだ、私みたいなのが増えるのか」
そういうことになるのだろう。
意味がない。メリットが無い。分かっている。分かっているとも。既に心が言い訳を始めている。よくない流れだと分かっていても、頭は考えることを辞めてはくれない。思考停止は死への道。かつて仲間が言っていた台詞。
あの軍人が援軍集めに奔走しなくとも、冒険者ならば必ず勝手に集まってくる。何か以上があっtなおならば駆けつける。なにせ金になるかもしれないのだ。だから戦力は勝手に向こうからやってくる。問題はそいつらを巻き込む方法だ。中には逃げるやつらもいるだろう。だが残る馬鹿もいる。ならばそこは考慮せずとも良いかもしれない。つまり時間を稼げば稼ぐだけこちらが有利になっていく。問題は現有戦力での現状維持。つまり今ある戦力を長持ちさせる必要があり、回復術師である私ならば可能。
「それは、良くないよ」
言い訳を考え込んでみたけれど。本心というのはシンプルだ。
私はもう復讐心や憎悪と仲良くやっていくと決めている。
でも、こんなもの。本当は無い方がいいものだっていうことは、痛いほどに分かっている。
どうやら私は、私のような者が新たに増える事をよしと出来ないようだった。
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