ep.15

「てっきり勇者が来るかと思ったが……しかし貴様も面白そうだ」

 額から天へと伸びる一本角の下に獰猛な笑みが浮かぶ。

 厄介だ。どう見ても歴戦の古強者。相手をするのが最も面倒な類と言っていい。こういう手合いは引き出しが多く、何をしてくるかわからない。

 長剣が煌めいた。

 初手から首を狙ってくる容赦のなさ。勇者として活動する際に使う大剣だったならば防げなかったかもしれない鋭さ。こいつは強い。

「防いだな?」

「そうしないと死ぬからな」

 愛用の直剣でよかった。手に馴染む得物で無ければキツイ相手だ。

「片刃か、よほど技量に自信があるようだ」

 角の民の笑みがより深くなる。すでに凶相と言ってもよいほどだ。

 互いにその場から動かずに切り結ぶ。

 余波だけで通路がさらに破壊されていく。調度品が先程から乱れ飛んでは真っ二つになっているが、この場合の損害請求はどこに行くのだろう。

 「この程度なら容易についてくる、か。いや実に楽しいな」

 戦闘狂とはタチが悪い。

 既にカイはこの場から離れている頃合いだろうか。護衛がいつもの彼女だったことが意外ではあったが、今回ばかりはそれが幸運だった。

 今頃は我らが主と共に撤退しているだろう。自分の力量と役割を把握している人間というのは頼もしい。

「出来ればここらでお開きにしたいんだがな。大人しく帰ってくれないか?」

 本音だ。戦ったところで得られるものは無い。カイの安全が確保されたのならば目的は達している。

「ツレない事を言う。一度走り出したというのにそう簡単に止まっていては逆に体に悪いというもの」

「どう考えたってこのまま続けたほうが体に悪い」

 さて、どうにかしてこの場から逃走出来ないものだろうか。

 脇目も振らず逃げに徹すれば、撒く事は可能だろう。しかし、その場合は恐らくカイを再び襲撃してくる。

 面倒だ。本当に面倒だ。

「そう嫌そうな顔をするな」

 原因が何を言う。思わず刃を振るう腕に力が入り、彼我の距離が開く。

「そうさな、本気になる前に尋ねておくべきであった」

「あぁ?」

 角の民の男が構えを解いて長剣を下げた。

「こちらに来る気は無いか? 貴様の強さ、賽の民の中ではさぞ生き辛かろう」

「……どういう意味だ」

「言葉通りだ。賽の民を捨て、我らと共に来いと言っている」

 そうなると戦えないのが残念だ、と男は笑う。

 角の民は英雄級の戦力を勧誘している。根も葉もない噂だと思っていたが、なるほど、火のないところに煙は立たないというやつらしい。

 実際に自分が勧誘を受けるとは思ってもみなかった。

「おいおいおい、絶賛戦争中の相手方に言う台詞じゃねぇな」

「なに、別に我らにとっては大した戦でも無い。それよりは、教えに従う事の方がいくらか建設的というものよ」

 相手が構えを解いたからといってこちらも同じようには出来ない。

 今まではこの片刃の直剣だけで文字通り切り抜けてきたが、今回もそれが通るか否か。楽観も悲観もできない戦いというやつは、随分と久し振りにだ。

「お前達のような特異個体は、神々が我らを作る際に元とした生命の原型に近い。つまり、我ら角の民と親しき者達だ。原型とはかけ離れた賽の民のために戦うなど勿体無い」

 生命の原型。眼の前のがさつそうな男から出てくるにしては予想外に過ぎる単語だ。

 この大陸に根を張る「知恵持つ種族」は、その原型を元に神々が作り出したとされている。それは賽の民だけでなく、他の種族でも同じような逸話が伝わっているのだが、まさか角の民でも同様だとは思わなかった。

「与太話にしても出来が悪いな。もうちょい話術を磨いてから出直してこい」

 剣先を相手に向ける。返答としてはこれで十分だ。

「まあ聞く耳を持たぬというのなら仕方あるまい。正直、貴様とは戦いたいという方が強くてな。強者との戦いは胸が踊るな?」

「同意を求めるな」

 戦闘狂というのは本当にタチが悪い。

 目的自体が闘うことだから、必然的に実戦経験が多くなる。戦っても死なないから戦闘狂であり続けるし、技も磨かれていく。

 実戦経験というやつは侮れない。それだけで強くなれるほど世の中は単純に出来ていないが、軽視出来るものでもない。

 再び場を緊張が満たす。

 互いに機の訪れを待っている。次に動き出してしまえば、止まるのはどちらかの命が終わるときだ。

 いつまでも続く一瞬。激しさを増す静寂の時間。

 終わりを告げる号砲が遠くから鳴り響く。

 弾かれるように動き出し、互いに刃を打ち鳴らす。

「戦って死ねぇ!」

「黙ってろ戦闘狂!」

 合図になった轟音は、おそらく外壁のあたりからだ。

 危険はこの場だけではない。何が起こっているのか把握出来ていない以上、カイの安全は確保出来ていない。

 一刻も早く駆けつけねばならないのに、この一本角が邪魔だ。

「……退くか死ね!」

「出来ん相談だなぁ!」

 打ち合いが終わらない。致命の攻撃を交わし合って終わらない。

 手札を切らぬまま殺せる相手ではない。互いにそれは理解していて、今は札を切るタイミングを伺っている。

 やりづらい。本当に強い相手だ。

 躱し、躱され、弾かれ、逸らされ、決定打が生まれない。

 再び耳に響く爆発音に苛立ちだけが積み重なる。

 無事で居てくれと願いながら、眼前の障害物を殺す為、手札の一つを切る覚悟を決めた。

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