ep.13

 実はマリアさんにこの街から離れる事を告げていない。

 言いにくかった、言う気がなかったというわけではない。単純に、カイさんから話を聞く前日、彼女が遠征に行ってしまった為にあれから一度も会えていないのだ。

 出会い方はお世辞にも良いとは言えなかったが、その後は私としても久し振りに同性と楽しい時間を過ごす事が出来た。年の差も数歳程度だし、友人だと言っていいだろう。

 多分周囲から見ればマリアさんが一方的に私に絡んで来ているように見えるだろうが、実際にそうなのだが、今では若干面倒な絡み方をしてきても優しくあしらう程には仲良くなった。仲良くなったのだ。

 街を回ったり、他愛も無い話をしたりといった何でもない事をするのが、本当に久し振りなのだ。それは恐らくマリアさんにしても同様で、だからこそ私達は仲良くなれたのだろう。

 今回の出会いは偶然の賜物だ。

 私もマリアさんも互いに所属が違う。複数人の英雄級戦力が同じ戦場に立つ事もたまにはあるらしいが、それも頻度は高くないという。そうなると、もしかしたらもう二度と会う機会に恵まれないかもしれない。

 だからせめて別れの挨拶くらいはしておきたかったのだが、残念ながら今回はそれも叶わないようだ。

 直接伝えることはできなくても、何か手段は無いだろうか。色々と考えた結果、マリアさんが宿泊している宿に手紙を預けることにした。

 遠征が終わった後もこの街にはしばらく滞在する予定だと言っていたし、何より宿には私も一度行っているので顔を覚えられている筈だ。素性もしれない人物からの手紙ならば預かってもらえないだろうが、客と顔見知りだと分かっている相手からならば大丈夫だろう。

「すみませんね、私の個人的な用事に付き合っていただいて」

「気にするな。どうせ出発までは時間があるんだ」

 前もって手紙を預けておけばよかったのだが、なにぶん初めてのことなので筆が進まなかったのだ。文字を書く機会なんて契約書に署名をするときぐらいしか経験がなかったものだから、どう書けばいいのかがわからなかったというのもある。

 既に私たちの宿は引き払って、今は私物を持って移動している。この後馬車に積み込むのだが、今は徒歩だから重くてしょうがない。

 以前はこれよりも重い荷物を持って街と街を移動していたというのに、たった数ヶ月で人間というやつは堕落してしまうらしい。

 マリアさんが泊まっているのは所謂高級宿というやつだ。私たちが泊まっていた宿もそれなりに良い店だったが、高級宿とまでは言えない。

 ようは金持ち用の宿で、食事も部屋も内装も色々と普通の宿と比べてはいけない。一度マリアさんの好意で一晩過ごしたが金持ちというやつは何を考えているのかよく分からないという貧困な感想しか出てこなかった。どうやら私はどう賽子を振ってもお金とは縁が無さそうだ。

 基本的にどこの街も構造は似たようなものであり、中心部ほど要人や金持ちのための区画になっている。

 つまりマリアさんが止まっている宿もその区画にある為、こうやって出向いているというわけだ。

 もっとも、私達の目的地であるエンデ商会の支部もその近くにあるのだから、一応目的地へと向かっているといえなくもない。

 一度通りすぎてしまう事にはなるが、まあそんなものは誤差だろう。ちゃんと時間に間に合えばいいのだ。

「それに、一緒に動いた方が連絡役も楽だろうしな。今は人員も減ってる筈だし」

「次の目的地に先乗りしているんでしたっけ?」

 先日始めてその存在を知ったばかりだが、どうも私達には監視がついているらしい。

 これまで一切気が付かなかったし今も全く分からないのだが、ヴァイスさんは何処にいるのかも把握しているのだとか。

 監視というのは私に対しての話で、ヴァイスさんの方は完全に連絡要員としてのみだろう。新参者に対する用心としては頷ける。

 あまり気分のいい話ではないが、それはそれだ。

「次の仕事に裏が無いかとか、現地で先んじて情報収集したりとか、結構やる事多いらしいぞ。大変だって愚痴言ってたしな」

「……口振りから考えるに、商会内の組織じゃなくてカイさんが独自に作り上げた集団ですよね」

「なんか前にそんなこと言ってたな」

 本当にカイさんは何者なのだろう。しかしこうなると、本当に私はなぜ今もこうして生きていられるのだろうかと不思議になってくる。

 ヴァイスさんが勇者の代役だということを知った時点で、私は殺されていたはずなのだ。いくらヴァイスさんが口添えをしてくれたからといって、あの合理的な考え方をしているカイさんが私というリスクを負っているのがどうにも分からない。

 まあ、私には思いつかないような考えがあってのことだろうし、私程度はどうとでも出来るという事かもしれない。現に、今私を監視しているという人達がその気になれば防ぐ手立てなんてないのだから。

「アトラ、ちょっと止まれ」

 急にヴァイスさんが真面目な声を出す。

 驚いて振り返ってみれば、普段は穏やかな表情が険しくなっている。

「どうしたんですか?」

「……おい、今カイはお偉いさんへ挨拶をしに行ってるんだったよな」

 ヴァイスさんの言葉は私へ向けたものではない。

「その通りです。領主との面会がどうしてもこの時間になったとの事でした」

 どこから現れたのか、小柄な男性が質問に応えた。

 この人が例の連絡役なのだろう。ごく普通の格好をしていてとてもそんな風には見えない。

「俺の荷物を頼む。面倒事だ。アトラ、防護の術式を頼む」

「あ、ハイ! すぐに掛けます」

 話が見えない。しかし、様子が尋常ではない。戦場で戦っている時と同じ雰囲気を今のヴァイスさんは纏っている。

 荷物をもって来ていてよかった。簡単なものなら杖が無くとも時間をかければ可能だが、今回はそんな悠長なことは言っていられないようだ。

 巻いていた布を剥がし杖を持つ。街中で突然杖を取り出したことで周囲の人が驚いているがわかるが、無視して祈祷を始める。

 私が使える回復の奇跡や防護の術は、魔法とは異なるものだ。

 知恵持つ種族を生み出した神々に祈りを捧げ、その力の欠片を地上にて発現して頂く。そういうものである。

 祈りを捧げると体から、ふっと何かが抜けていく感覚。祈りが届いた際の手応えだ。

 ヴァイスさんの方でも感じたのだろう。視線があうと頷きを返してくれた。いつのまにか荷物から鞘ごと袋にいれていたはずの剣を取り出している。

 どうするのかと声を掛けようとした瞬間、轟音が鳴り響いた。

「街の中央の方だな。椅子で踏ん反り返ってるような奴らが住んでるあたりで術式でもぶっ放されたか?」

 ざわめく周囲とは正反対にヴァイスさんは落ち着いている。

「カイの所に行く」

 それだけを言い残して、ヴァイスさんの姿が消えた。

 驚いて上を見れば、屋根の上を飛び跳ねて移動する背中が小さく見える。

 英雄級というのは本当に規格外だ。

「私はお二人の荷物を商会へ運びます。アトラさんもこちらに来てください」

 監視役の人は荷物を抱えると颯爽と駆け出して行った。

 何が起こっているのかは分からない。ただ、周囲の人々も突然の事に驚いているようだ。

 再び、何かが爆発するような音がする。

 良くないことが起こる。または、今まさに起こっている。

 そんな焦燥感が、街全体を包み込んでいくようだった。

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