ep.12

「報告は聞いている。なるほど、竜の血を狙ってる、ねぇ」

 ヴァイスとアトラの二人を呼び寄せたのは他でもない。この話をするためだ。エンデ商会イシュテナ支店。その中でも陽当たりの良い部屋を臨時の執務室として占領しているが、この面子で集まるのもすでに数回目になる。

「まず間違いなく、俺達が持ち込んだってのは知られているだろうな」

 情報屋と接触したヴァイスが言う。重々しく言うのはいいが、そんな事はハナから承知だ。

「まあ隠しちゃいなかったからな。そもそも今出回ってる品なんて、ウチの商会から出たものに決まってるだろう」

 今代の勇者の所属はエンデ商会。広く知られた事実だ。

 その勇者が竜を討伐したことも商会が大々的に喧伝している。

 最も、大怪我をして奇跡的に一命を取り留めた、などという大嘘も同時に広めているのだが、それは商売上の都合だ。

「竜を倒す事自体が稀ですからね。今の時期なら、どうやったってその出元はエンデ商会以外に考えられません。そうなると、最近この街にやってきた私達が運搬してきたのだろう、というところまでは容易に想像がつくでしょうね」

 この嬢ちゃんは、本当に思わぬ拾い物だったのかもしれない。

 頭の回転も察しも良い。こういう手合いは会話が進めやすくて助かる。

 ヴァイスは論外だ。頭の回転速度は悪くないのだが、それを戦闘以外で活かそうという気が微塵も無い。

 自分の役割に徹している、と言えなくもないからタチが悪い。

「問題は、竜の血を狙っている奴らの頭がどれだけぶっ飛んでるか、というところだな」

「目的の為にどの程度の強硬手段を取るか、という意味ですか?」

「その通りだ嬢ちゃん。竜の血欲しさにウチや駐留軍のどちらかに喧嘩を売るような馬鹿なのか、喧嘩を売るにしてもこっそりやるのか真正面からやるのか。相手の出方次第でこちらの対応も変わるからな」

 問題はそこなのだ。

 強硬手段であるならば話は楽だ。そのような馬鹿にはうちの脳筋で対処すればいい。ヴァイスの腕は確かだ。

 何か裏から手を回す、というのなら自分達に被害は無いだろう。困るのは駐留軍とこの支店であり俺では無い。

「正直なところ、ここの駐留軍がどうなると知ったこっちゃ無い。既に商談が終わっている以上、商会にとっては終わった話だからな」

「じゃあ放置でいいのか?」

「万が一、こっちに火の粉が飛んできた時にはヴァイス、お前に任せる。だが客先で何があろうとこっちがサービスしてやる必要は無い。正式な依頼なら話は別だがな」

 竜の血にまつわる商談については自分の担当でない。ただ品の輸送を請け負っただけだ。担当ではない以上、首を突っ込むのも筋違いだ。

「わざわざ厄介事に首を突っ込む意味はないですからね」

「その通りだ嬢ちゃん。そうだな、出発を予定より早める方向で調整する。そのつもりで用意しておいてくれ」

 取りうる選択肢の中では妥当な方だろう。

 厄介事が起こりそうだというのなら、ここから離れればいい。

 竜の血の在庫を持っているのではないかと襲ってくる可能性もあるが、街の外でならむしろ好都合だ。いちいち証拠を消す必要が無い。

「どうしたアトラ?」

 ヴァイスの発した言葉につられてアトラを見ると、何やら微妙な表情を浮かべていた。

「いいえ、なんでもありません」

 明らかにそういう面ではないが、本人がそういうのなら放っておこう。

 大方、アマルティアの英雄との事だろう。個人的に仲良くなっているとの報告は聞いている。

 共に街に繰り出していたというから、離れるのが寂しいといったあたりだろうか。

「今すぐにってわけじゃない。数日の猶予はあるから、用事があるなら済ませておけよ」

「了解しました。予め準備する必要はありますか?」

「特に無い。今回もまたあの馬車だ、私物を邪魔にならない程度に積み込む分には構わんぞ」

 と言っても、これ幸いと交易品やらを積み込んで別の街で売るような事は無いだろう。

 アトラに払っている給金は、口止め料も含んでいるとはいえ結構な額だ。彼女が冒険者だった時の収入よりは、確実に多いだろう。

 わざわざ小銭を稼ぐ必要など無い。

 金というのは使うべきところに使わければ損をする。彼女に払う分は必要経費だ。

「話は以上……と言いたいところだが一つ思い出したぞ。ヴァイス、お前嬢ちゃんに俺との連絡手段教えたか?」

「あぁ、忘れてた」

「手前ぇ……」

「ヴァイスさん……」

 何故だ。何故こいつは微妙に仕事が半端なのだ。

 出会った当初はもっと周囲に気を配り、隙などなかった。目的を達成して腑抜けたとでも言うのだろうか。

「嬢ちゃんには連絡要員と護衛を兼ねて監視をつけている。そいつに話しかければ、俺のところまですぐに話が通るようにしている」

「……監視、ですか」

「アマルティアの英雄と一緒にいる間は気付かれるから流石に遠くから見てるだけだがな。基本近くに護衛がいるものと考えていい」

 あえて監視の部分には触れない。

 アトラが今更どこかに勇者の死という情報を売りに行くとは思っていないが、俺に疑われていると思って緊張感を保ってくれた方が都合が良い。

「身に危険が迫れば助けるように言ってある。まあ戦力としてはそれなり程度だ。頼り切るなよ」

「まあ暇な時の話相手だと思えばいい」

「よくねぇよ馬鹿。話は終わりだ、荷物の整理はやっておけよ」

 アトラが釈然としない様子のヴァイスを引き摺って退出する。

 回復術士というのもだが、ヴァイスの手綱を任せられるという点で彼女は有用だ。

「話は聞いていたな。出る前に挨拶回りはやっておかにゃならん。要人への面談打診をやってこい」

「承知致しました」

 突如として部屋の中に人影が現れる。自分で探し出した人材とはいえ、どうやってこの動きをしているのかは本当に謎だ。

 俺は商人だ。身体能力は人並みかそれ以下で、こいつらのように得物を使って誰かを殺すなど到底出来ない。

 だが、そういう奴らを顎で使うことはできる。金とはかくも偉大だ。

「ヴァイスからの無茶振りは無視していいからな」

「ご安心を。皆にもそう言い含めてあります。最も、ヴァイス殿が実際に変な事を言った例はありませんが」

 こいつは妙にヴァイスに甘いから信用ならん。

「金になる話なら歓迎だが、そうじゃないなら御免だな」

 面倒な話もあったものだ。他所で勝手にやっていろ。

「何もないところから金の話に持っていくのが、カイ・オールダムという男なのではないですか?」

 からかうような声だが、こいつは雇い主を何だと思っているのだ。

「まさか。金の成る木を捕まえただけだぜ俺は」

 普段から本音など言うことは無いが、これは嘘偽りのない言葉だった。

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