ep.11
この街に来てからアトラの表情が少し明るくなった。
別に今までも常に不機嫌だった訳ではないし、表情が固いということもなかった。
しかし雰囲気が柔らかくなった事は確かだ。気持ちに余裕が出来て、それが表に出てきているのだろう。
その変化は好ましいものだ。あまりマリアとかいう英雄の事は好ましく思えないが、アトラにとっては良い相手だったのだろう。
カイ曰く、まだこの街に滞在を続けることになるらしい。
色々な都合があるのだろうが、そうなると途端に暇になってしまう。正直生きている理由も片手で足りる程しかないのだから、無理からぬ話だろう。それならばせめて、他人の役に立つくらいはしなければ。
「すまない、少し聞きたいことがあるんだが」
人通りの多いこの街のメインストリート。そこを適当に歩きながら、小声で誰にともなく言葉を投げる。
これでも目的の人物には聞こえているから良いものの、他の人に聞かれたら独り言を言っている危ないやつだろう。
「御用命ですか、ヴァイス殿」
自然に、さも偶然行き先が同じかのように近付いてきた人物が応答する。
服装もそこらに居る町人のものでこの場にいても何一つ違和感がない。
風景に溶け込む、というのはこういう風にやるのだろう。
「あぁ君か。今日はカイの護衛じゃないんだな」
「本日は商会から出ないとのことでしたので、私がヴァイス殿の担当になりました」
どこからどう見てもこの街に住む主婦といった風体の彼女は、実際にはカイ直属の諜報員兼護衛役の一人だ。
英雄級戦力を抱え込むというのは、利益だけを生んではくれない。
余計な厄介事や邪魔者、諍いや不利益もどうしたって発生する。
例えば、自らが擁する英雄がいたとする。しかし或る日突然、他所に戦力として明らかに上位互換の英雄が現れてしまったら。これはもう完全に商売敵となるし、実力をもって競争相手を排除という選択肢も荒唐無稽なものではない。
なにせ動いている金額が金額だ。
基本的には軍隊を動かせる費用。途方も無い数の人間を雇用するだけの金額。それが何かの冗談のように気軽に飛び交うのがこの業界である。
他人を殺すに足る値段、という事なのだろう。
英雄級、それも勇者ともなれば動く金額はちょっと考えない方がよい数字になってくる。
流石に本物が存命であった全盛期ほどの金額で仕事を請け負ってはいないらしいが、それでも並の英雄級とは比べ物にならない額をカイは請求しているはずだ。
そう考えると、エンデ商会は一体どれだけの富を手にしたのだろう。
勇者に稼がせ、死んだら俺に勇者の看板を使わせて稼がせ、はてさて積み上げた金貨の高さで天を目指すのだろうか。
ともあれ、カイも俺も多方面から命を狙われている身分だ。特にカイは自衛も出来ない強さにも関わらず多方面から恨みを買っている。
影に日向に護衛が居なければ迂闊に出歩けない。彼女はその影側の護衛の一人だ。
おそらく、自分などよりもよっぽどカイの命を救っている。
「この街の信頼できる情報屋を教えて欲しい」
「ヴァイス様かアトラさんから問い合わせが来た場合、紹介するよう言われた者が居ます」
流石はカイ。話が早い。あいつのこういう手回しの良さは本当に凄い。
誰にも気付かれぬ早業で自分の手に中に紙切れが差し込まれる。彼女も凄い。
「その紙を見せてエンデからの紹介だと言うように、との事でした」
「了解。君はこのまま俺の監視?」
「ヴァイス殿相手に監視も何も無いでしょう。私に気がついていて、なおかつ振り切る事もできる相手に監視など意味がないじゃないですか」
どこか笑うような口調。彼女はカイ個人に仕えている者だ。俺もあいつに恩義があるし、裏切りという事は絶対に無い。
そういう意味で、割と俺達は同士のようなところがある。少し気楽な相手というわけだ。
「今日は貴方とカイ殿との間の緊急連絡要員です。つまりは休暇みたいなものですね」
「一番の護衛がそんなんでいいのかよ」
「たまには休暇がなければやってられませんよ。次の街に行くことが決まったら、私は必ず先乗りですからね」
数多くいる護衛の中でも彼女は特に優秀で、別の場所へと移動する際にはまず彼女は先行し、現地の状況を確認する事になっている。
あのカイが重用しているほどの、手駒の中でもかなりの重要人物だ。
「感謝してるよ。あいつも、間違いなく」
「それはお給金で応えて欲しいところですね」
深く頷く他ない意見であった。
「それで、どんな情報が入り用で?」
場末にある肉体労働者向けの立ち飲み屋で、やたらとガタイの良い情報屋がエールをあおる。
自分も喉へと流し込んでみるが、まあこんな店で飲めるものなど高が知れていた。
「角の民の情報だ。頭の両側面に一本ずつ、後ろ向きに伸びてるヤツ」
アトラの仇である角の民。その情報を仕入れなければならない。
何しろ彼女は今頃、英雄マリアから貴重な情報を聞き出すという大役を務めている最中だ。
何やら楽しそうにおしゃべりをしているだけだとしても、まあそういう事になっているのだからそうなのだ。
カイはよく、俺がアトラに対して甘いし過保護に過ぎるというがヤツだって人のことは言えない。
俺達が情報屋にアトラの仇について聞きに行く事を予想して、信頼できる情報屋を始めから調べていたのだ。
おっさん二人が少女の為に裏で動いている、というのは傍から見たら喜劇かもしれない。
「あぁ、少し前に開拓村を壊滅させたヤツか。あれ以来目撃情報は入ってないな」
そうそう都合よく世界というものは回っていない。
俺のときもそうだった。殺せるだけの実力を得たと思えたときから、相手の足取りを掴むのが大変になったものだ。
情報屋に銀貨を渡す。目撃されていない、という情報の対価は必要だ。
「悪いね。しかしちっと貰いすぎだな、こいつは。まあ余録だと思ってついでに話を聞いてくといい」
不思議な前置きをして、情報屋の男が話始めた。
「同業者の間で、駐留軍の指揮官が竜の血を手に入れたらしいって話が売れてる」
そのネタなら良く知っている。何しろ現物を持ち込んだのは俺達だ。
「……なんでまたそんな話が出回ってるんだ」
「そう思うだろう? 高額で貴重だ、確かに用途やら気になるがこの話題でもちきりになるって程のネタじゃない。だがどうもな、このネタを探ってるヤツがいるみたいなんだよ」
「竜の血を探してるヤツがいる、って事か?」
「話が早いねアンタ。つまり、あちこちの情報屋で竜の血の情報を聞きまわってたヤツが居て、この街にあるとソイツが確信したって事だよ」
「一悶着あるかもしれないってか」
竜の血を求めて情報屋に当たっていた何者かが、この街に現物があると突き止めた。
なるほど、厄介事の臭いだ。
「相手が駐留軍となると派手になる可能性も高い。お客相手に警告するくらいのサービスはしておかないとな」
なるほど、厳つい見た目からは想像し辛いがいい情報屋というのは間違いないようだ。
「面倒だねぇ」
「巻き込まれないようにせいぜい気をつけるんだな」
情報屋の男が呑み屋から去っていく。
この街に持ち込んだのは俺達だ。恐らくそれも嗅ぎつけられているだろう。
「本当に面倒だなぁ」
まずい酒の味がより一層酷くなっていた。
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