ep.10

「いやー美味しいねぇ」

「奢りだと思うと余計に美味しいです」

「いやーんアトラちゃん素直ー。店員さーん甘味追加ねー」

 開き直ってしまうと案外楽になるものらしい。

 どうにでもなってしまえ、とマリアさんに引き摺られて食事と買い物を楽しんでしまった。この街に来たのはワタシの方が先だから、と案内をしてくれた形になったのだが、これが意外と有意義な時間になっていた。

 普通の兵隊と違い、英雄級戦力というのは常に戦場に出突っ張りということはない。要所要所でつかわれる、言わば切り札だ。

 だから街での待機も多く、そうなると必然的に時間を持て余して小遣い稼ぎや街の散策などをして時間を潰すのが日課となる、とはマリアさん談だ。この店の食事は美味いだの、ここの仕立て屋は腕がいいだの、聞いてもいないのに情報がポンポンと飛び出して来るのだから驚きだ。

 気がつけばすっかり陽も傾き始め、今日の締めくくりにと以前とはまたちがう酒場で夕御飯を堪能していたわけである。

 本日ここまでのお会計はすべてマリアさん持ちだ。懐が温かいというのは嘘ではなかったらしい。

「しっかしアレだね、いい出会いってのはそうそう無いもんだねぇ」

「一日中どこかにいい男はいないかーって探してるのは、なんかもう逆に尊敬すべきなんじゃないかと思い始めるくらいでしたよ」

 勿論尊敬などしないが、このバイタリティは素直にすごいと思えてしまう。

 何度も言うが、マリアさんは美人だ。黙って座っていればどこぞの貴族様かと思う程で、演説や慰問などで呼ばれることが多いというのも納得である。彼女が装いを整えて出てくるだけで、男性諸氏の士気は天井知らずに上がるだろう。

 中身がやや残念だというのは、もしかしたらかなり重要な機密かもしれない。

 それだけ見た目が整っていても、恋愛はうまく行っていないらしい。

「そういえば昨日はヴァイスさんに相手が居るか聞いてましたよね」

 流石に本気ではないだろうが、もしその気があるなら止めた方が良いかもしれない。

 しかしそんな心配は杞憂だったようで、マリアさんは手をふらふらと横に振った。

「一応聞いてみただけ。今日ちょろっと見て確信したけど、あのおにーさんはダメだわ。一緒に幸せにはなってくれないよ」

「あー」

 分かる。というよりも、おそらくそれは間違いない。

 たいした付き合いでは無いが、あの人が誰かの隣で一緒に生きていく姿というのが想像出来ない。

「ヴァイスさん、だっけ? とにかくあのおにーさんは強制的に誰かが幸せにしてやんないと、そういう場所には行き着けないよ。自分から陽だまりにいこうとはしないし、もしかしたら自分から温かい場所を無意識に捨てる類の人間。誰かが首根っこ捕まえて無理矢理引き摺るくらいじゃないと無理。ワタシはそういうタイプじゃないし」

「……うわぁ……何一つ間違ってなさそう……」

 恐ろしいのは、ろくに話もしていないのにヴァイスさんについてこれだけ説得力のある話を出来てしまうマリアさんの洞察力だ。

「というかマリアさんの理想が高すぎるんじゃないですか?」

 見る目と言っていいのかはわからないが、これだけ見透かしたようなことを言えるのだ。恐らく変な男にばかり引っかかっているわけではないだろう。

 なのに相手が居ないというのは、もう求める理想像が現実離れしているとしか思えない。

「いやー、そうでもないと思うんだけど。容姿は別にいいのよ。ようはワタシと一緒に幸せになってくれるか否かなのよね」

「その条件に当てはまる人は過去に居たんですか?」

「居たんだけどねぇ。居たんだよぉ。本当だよぉ。ちくしょおぉぉぉぉぉぉ……」

 どうやら地雷だったようだ。

「しょうがないんだよぉワタシだってなぁ幸せになりたいんだよぉでも英雄だし戦力だし大陸中飛び回るのに向こうは街の役人だよ? どうしろってんだよもう今頃親の決めた婚約者と結婚してるんだろうなああああああああ」

「すみませーん葡萄酒おかわりください。あ、蜂蜜はいいんで薄めで」

「ちゃんと聞いてよアトラちゃん!」

「そっけない態度も好きなんでしょー」

「話を聞いてくれてるって前提が大事なんですぅー」

 どうしよう。私はどうも、あまりこの人のことが嫌いじゃないらしい。

「お姉さんたち二人? 俺たちも同席していいかな」

 何やら余計な邪魔者がやってきた。

 突如として現れた優男風の二人組。手にはエールの入ったジョッキを持っていて、許可を出す前から勝手にテーブルの空いている椅子に腰掛けている。

 赤毛と垂れ目。こいつらなどその程度の認識でいいだろう。

「なんだか美人が傷心しているみたいだったから、これは傷を癒す一助をしないと男が廃ると思ってね。迷惑だったかな?」

 赤毛が何やら言っているが、マリアさんの視線は冷たい。

 垂れ目と赤毛をそれぞれ一瞥した後、マリアさんの顔から表情が消えた後、貼り付けたような笑顔に戻る。

「そういうの間に合ってるんで。邪魔しないでくれるかなー?」

「まあまあ、少しくらいはいいじゃない」

 邪険にあしらわれるのにも慣れているのだろう。垂れ目が私とマリアさんを交互に見てなんとか居座ろうとしている。

「君ら程度じゃ釣り合わないからさ。恥かく前に退散しなよ?」

「……お姉さんきっついねー」

 赤毛の表情が引きつっている。いいぞ、もっと言うんだマリアさん。

「まあ普通なら話しかける前に格の違いに気が付いてしかるべきだよね。それが出来てない時点でもう論外。バイバイサヨウナラお帰りはあっちだよ」

 いけいけ我らのマリアさん。ナンパ野郎を追っ払え。

「随分と言ってくれるじゃねぇか」

「そりゃワタシとアトラちゃんの至福の時間を邪魔したゴミ相手に容赦なんてするわけないじゃん」

 赤毛が激昂して勢いよく椅子から立ち上がる。

 いや、立ち上がろうとしていた。

「床でも舐めてなさい」

 いつのまにかマリアさんの姿が消えたと思ったら、床に大の字になっている赤毛を踏みつけていた。

 一瞬よりもなお短い間に、音も立てずに何をやっているのだこの人は。

「は? え?」

 何が起こったのか理解してない垂れ目が間抜けな声を上げている。

「これ、持って帰ってくれるかしら?」

 赤毛が床に口付けしているのをようやく理解したのだろう。

 垂れ目がつり目になってマリアさんに掴みかかろうと詰め寄った。

 詰め寄ったところで何が起こったのか、つり目がその場で縦に三回転した。私も何が起こっているのかわからない。

 幸いにも他のお客さんの邪魔にはなっていないようだが、目撃してしまった一部の客はぽかんとしている。

「このゴミ、持ち帰ってくれるかしら?」

 元つり目に赤毛を持ち帰るよう、マリアさんが脅迫している。

 貼り付けたような笑顔、というのはああいうやつだろう。美人がやると迫力満点でとても怖い。

 つり目が垂れ目に戻って、そそくさと店から出て行く。

「あれ、お勘定払ってないですよね」

 食い逃げとは最低な野郎どもだ。

「それなら大丈夫よ。ほら」

 そう言ってマリアさんが財布らしき皮袋を二つテーブルの上に置く。

 なるほど。あの二人組の財布だろうが意味が分からない。

「マリアさん、一つだけ言っていいですか」

「なーにーアトラちゃん。ワタシ達の仲じゃないなんでも言ってよ」

 良かった、すでに上機嫌だ。わかりやすくて助かる。

「こんな事で英雄級が力使うとか馬鹿なんですか?」

「ひどいよアトラちゃーん!」

 本当にこの人はやる事なす事傍迷惑だ。

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