ep.09

「奇遇だねぇまた会えたねぇ嬉しいよぅ」

 目にも留まらぬ速さで抱き着かれて頬擦りをされる。

 まさか自分がそんな体験をするとは想像出来る筈もない。何故だ。何故私はこの人に気に入られているのだ。

「やめてもらえます?」

「あと三回だけ……」

「今すぐに」

「はい」

 語調を強めると意外とすんなり離れてくれた。

 今日も昨夜と同じように簡素な服だが、昨日は見なかった背負いの雑嚢が一つ。靴も街歩き用ではなく、野外で使うようなブーツだ。

「何々、アトラちゃんとおにーさんも小遣い稼ぎ?」

 冒険者だもんねぇ、と何やら納得したかのように一人で頷いている。

「違います。少し用事があって立ち寄っただけです」

「英雄様が戦場行かずに一人で魔物退治やってていいのかよ」

 流石はヴァイスさん。逃げようとしているわりには真っ当なことを言う。

「特に止められてないし、そもそも私を止められる人がここには居ないし」

 それはそうだ。そもそも埒外の存在である勇者を除いた際に、人類最強と目される人物として名前が上がるほどの人物を止められるわけがない。

 実力行使に出られた場合、惨憺たる光景が広がることになるだろう。

 なるほど、多少人格に問題があるのもむべなるかな。

 この人に本気で忠告できる存在がそもそも少ないのだ。

「それにねー、本国から大してお金もらってないのよ。だから路銀は自分で稼ぐわけです」

「……アマルティアから派遣されている部隊に顔を出せばどうとでもなるんじゃないんですか? 確かこの街には駐留地がありましたよね」

 傭兵国家として戦力を輸出しているアマルティア。魔術兵という、戦場での火力を担う兵科を握っている彼の国を誘致するために最前線に程近い街では駐留可能な土地を用意して誘致しているところが多い。

「あんまり行きたくないんだよねぇ。小言を言われるし」

 マリアさんが眉を八の字にしているが、その表情を浮かべたいのは本国の人間だろう。

「報酬は本国に払われてるし、私の取り分も基本的に本国にある家に送られてるから、今ここに居る私にはお金が無いのであった」

「なんといいますか、世の思い浮かべる英雄像を正面から全て台無しにする人ですよねマリアさんって」

「ほら、私って常識に囚われないタイプだから」

「昨日知り合ったばかりの人間にほら、とか言われても知りませんよ」

「いやーんアトラちゃん辛辣ー」

 本当に迷惑な人だ。先程から話にはいってこないヴァイスさんをバシバシと叩いているのも含めて本当に迷惑な人だ。

 神よ何故このような人に才能と美貌を与えてしまったのですか。

「まあ今日は依頼の終了申請と確認に来ただけだから。今は懐も少し温かいわけですよ。というわけでアトラちゃん、ちょーっとお姉さんとデートしようかふへへへへ」

「え、嫌です」

「え?」

「え?」

 当然来るんでしょ、みたいに言われても困る。

「俺、邪魔みたいだから宿に戻ってるわ」

「いや私も戻りますよ。もう用事も終わりましたし」

 どうやらこの近辺では標的の角の民は確認されていないようだし、この街で出来ることはあまりない。

 駄目元で情報屋を探すのもありだが、それならばカイさんに相談した方がよっぽど話が早い。知らない街で信用できる情報屋を探すのは、私一人では荷が重い。専門家に聞くのが一番だ。

「え?」

「それではさようなら、マリアさん」

「え?」

 固まったままのマリアさんを放置して組合の建物が外に出た。

 朝一番で来たものだから、まだお昼前である。どこかで昼食を食べてから宿に戻るのもいいかもしれない。

「ちょっと待ってよぉ! お願いだようアトラちゃん!」

 若干泣きそうな顔でマリアさんが走って来る。

 正直、他国所属の英雄と親密になるのは抵抗がある。勇者についての秘密を洩らすつもりは微塵もないが、絶対にミスをしないとは言い切れない。

 この件で私は本来死んでいた筈なのだ。こうして今生きているのはただの幸運で、だからこそ二度目は絶対に無い。

「……流石に俺は同行出来ないが、お前は行ってきたらどうだ」

 ヴァイスさんからまさかの発言が飛び出した。

「いやまずいでしょう。本当に本国と仲が悪いみたいですけど、それでも他国の英雄級戦力ですよ?」

「だから、だよ。思わぬところで貴重な情報が得られるかもしれないだろう? それに他の人間に比べて英雄ってのは角の民と直接対峙する機会が多い。お目当の奴と戦場で会ったことがあるかもしれない」

 言われてみれば確かにそうだ。

 角の民は基本的に戦場へは出てこないが、全く無いというわけではない。こちらでいう英雄級戦力と似たような運用をしているのだろう。

 強大な個体戦闘能力を持つ彼らに対抗出来るのは英雄のみ。

 戦場では角の民が出たら英雄を向かわせるのが定石となっている。

「う、ううううう……そう言われると……」

「まあ気乗りしないならそれでもいい。追って来るし、俺は先に戻ってるから断るにしても行くにしてもアトラが決めてくれ」

 ヴァイスさんが私以上にマリアさんを避けるのは、彼自身が機密の塊だからだろう。

 それに、英雄級の人間を殺せるのは同じく英雄級の人間だけ。

 もし何らかの理由で対立した場合、殺しあうかもしれない相手なのだ。そんな人と仲良くなろうとは、普通は思わないだろう。

 立ち止まってしまった私を置いて、ヴァイスさんが人混みの中へと消えて行く。

 後ろでは私が立ち止まったことで若干声音が上機嫌な感じになったマリアさんが私の名前を呼んでいる。

 一体どうしろというのだ。

 賽でも投げて、出目に任せてしまいたい。

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