ep.08

 組合の中の構造というのは、案外どこも似たようなものである。

 求められる機能が同じなのだから、自然とそうなるのだろう。細かな差異はあれど、別の場所で組合を利用していたのなら、特に迷うことはない。

 見慣れないはずの見慣れた風景だ。受付があって、依頼の一部が掲載された掲示板があって、少しの賑わいがあって。

 浮かび上がりそうになった記憶と感情を無理矢理に叩いて沈めて、受付の人へと話しかける。

「資料室に用事があるのですが」

 そう言って認識票を渡す。

 金属製の認識票は、冒険者にとっては身分証明の代わりとなる。

 信用が第一のこの業界においては、自分の実績というのは何よりも大事だ。組合としても分不相応な仕事を依頼して失敗されても困る。そうした不幸なすれ違いを起こさないために、認識票という仕組みが作られた。

 表には冒険者本人の氏名。裏には組合が定めた規定を元に算出したその冒険者の実績を、組合独自の暗号で彫り込んでいる。

 基本的に、冒険者というのは活動拠点となる街に設置された組合に所属する。そうなると、その組合の内部資料として冒険者の活動記録は残される事となる。その資料を元に組合は冒険者の信用度を推し量り、実績を積んでいけば組合から難易度の高い案件の受注を打診されるようになる。

 難易度の高さと報酬の高さは比例する。だから多くの冒険者は組合に信用される為に実績を積み上げるのだ。

 もし別の街へ拠点を移すということになれば、所属していた組合に紹介状を書いてもらう。新天地の組合にそれを提出すれば、新しい組合でまた一から実績を積まずとも、難易度の高い依頼を受けることが出来る仕組みになっている。

 私はすでに冒険者としての活動は行なっていないが、便利なので認識票だけは持ち続けている。なにせ身分証明としては結構便利だ。カイさんと共に移動する際には商会側の信用があるから町の外壁を通るのは簡単だが、そうでない場合は冒険者としての身分が役に立つ。

 ちなみに、ここで認識票だけを見せるのは相手に言外にこう告げていることになる。

 一応別の箇所で冒険者はやってます。でもここで本格的に活動するつもりはありませんよ。

 ともすればかなり失礼な自己紹介に思えるかもしれないが、こういった事は向こうも日常茶飯事だ。

 荷馬車の護衛以来を受けた冒険者が、一時的に向かった先の街で活動する、なんてのはよくある話だ。そういう時にはわざわざ紹介状など書いてもらわないのが通例である。

 受付の壮年男性も心得ているらしく、認識票が偽造でないかを確認すると、笑顔で返却してきた。

「二階が資料室です。入口側の階段を使ってください。上がればすぐに受付がありますから、分かりやすいですよ」

 礼を言って早速二階にあがる。なるほど、階段を上がれば目の前が受付だ。

「資料を見せていただけますか」

「勿論。組合の資料は全ての冒険者に対して供されるものですから」

 資料屋というのは何処でも持って回った言い回しを好むらしい。

「この近辺で最近確認された角の民に関する資料をお願いします」

 承りました、と仰々しく首を垂れてから受付の男が奥へと引っ込んで行く。

 角の民。

 私達賽の民と絶賛血で血を洗う争いを繰り広げている戦争相手だ。

 見た目は賽の民とほぼ一緒。一点だけ、頭部の角の有無が外見的な差異だが、生物としての強度は天と地ほどの差がある。

 賽の民はその殆どが非戦闘要員だ。戦力という意味での計上が出来ない者が大半である。

 しかし角の民は、人口のほぼ全てが戦闘を行えると言って過言ではない。

 それも、その殆どが英雄級に迫る戦闘力を保有しているという。”知恵ある種族”を作った神々は何を考えていたのだろう。

 受付の男が奥から引っ張り出してきた紙束を手に、閲覧スペースへと移動する。

 本来はこの資料も貴重なものだ。

 それをこうも簡単に閲覧出来るのは、ひとえに冒険者という立場のおかげである。

 普通の冒険者にとって、角の民との遭遇は比較的起こりやすい天災のようなもの。それを避け、遭遇が考えられる戦場や依頼は受けないというのもまたこの生業では必要な事となる。

 だからこの資料は軍部から情報がもたらされ、全ての冒険者が閲覧可能となっている。

「手分けしよう。俺も顔は覚えている」

 私の仇。私の復讐相手。

 共に一党を組んでいた冒険者仲間を全員殺した、憎き相手。

 撫で付けたかのように後ろに向かって伸びる角が特徴的な、角の民。

 この資料の中にアレがいれば、話は手っ取り早いのだけれども。

 一枚一枚、舐めるように確認していく。

 額に捻れ角。右側に二股角。彼らの角の形は個人ごとに異なり、そこで個体識別が可能になる。

 居ない。違う。また別人。

「落ち着けとは言わない。だが、そういう憤りは無駄に表に出すな」

 資料を持つ手に余計な力が入っているのを見透かしたのか、ヴァイスさんが話しかけてくる。

「人間の感情ってのも上限値が決まってる。余計な所でその感情を使うのはもったいないぞ。いざって時にすっからかんになってるなんて、何のために復讐するのか分からんだろう」

 正直、この人の言う事はあまり理解出来ていない。

 ただ言葉には不思議な説得力のようなものがあって、頭の中で言葉がからからと音を立てて回っていく。

 この人は私の復讐を決して止めない。それがどれだけ私の心を楽にしてくれているだろう。

「……ありがとうございます」

 他に資料室を利用している人は居ない。

 少し力の抜けた手で、ぺらりぺらりと資料をめくっていく。

 二人で立てる紙の音が静かな場所でやけに響いた。

 


「あっれーアトラちゃん! いやったーまた会えたー」

 美人が相貌を崩して笑う、というのはなかなかのインパクトがあるらしい。

 資料確認が空振りに終わり、意気消沈して下に降りてきた所で会いたくない人に出くわした。

「……どうも、マリアさん」

 どうやればこの人から逃れられるのだろう。

 上での事など無かったかのように、既に逃げる体勢に入っているヴァイスさんが怨めしい。

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