ep.06
「いやーまさかこんな所で会うなんてねー。あ、おねーさんワインお願い。蜂蜜多めにねー」
朗らかに笑いながら、”閃光”の推定影武者である女の人が異様なフレンドリーさで同じテーブルに座り込んだ。
「ああいう式典? みたいなのって変に疲れるよねー。ワタシも苦手でさー」
化粧を落としているから先程とは印象が変わっているが、元が良いから美人のままだ。
確かにあの場にいた女性で間違い無い。
服装も地味で落ち着いたものになっているが、美人というだけで謎めいた迫力のようなものが出ている。
「え、えぇ。おつかれさまでした……」
ちらりとヴァイスさんを見てみる。驚いた表情をしているが自ら動こうという気配は感じられない。
今話しかけられているのは私だからと、どうやら静観を決め込むようだ。
「ゴメンねーなんか私ばっかり喋っちゃって。ああいう所で女の子に会うのって珍しいからなんか嬉しくって」
だから思わず話しかけちゃったの、と笑顔を浮かべた。
やたらとテンションが高い人だ。店員が運んできた安物のワインをおいしそうに呑んでいる姿は、先程の印象を覆す程の衝撃だ。
「女性は少ないですからね……」
英雄級の戦力だけを見ても、男性の比率というのは確かに高い。
女性だから英雄になれないという事では無い。単純に、戦闘に従事する職業を希望する人は男性が圧倒的に多いのだ。
母数が大きいのだから当然その中から英雄級が出てくる数も多くなる。
比率でいうと、女性だからといって英雄級が出る確率が低いという事は無いらしい。
安定した体調を保ち続け、さらに骨格的に筋肉がつきやすい。前線で戦う兵士には男性の方が向いているのは間違いない。
逆に私のようは治癒術士は女性の方が多いし、魔術使いに関しては男女の比率はほぼ同じ。
最も数が多い肉体派に男性が多いから、基本この稼業は女性が少なくなる。そういう理屈だ。
この暫定マリアさんが言うように、以前の私も同性と一緒になった場合はテンションが上がって話が弾んでいた。
だから、この接触も分からないわけでもない。
「そっちのおにーさんもお疲れ様。あの鎧重かったでしょー。じっとしてるの大変だよねぇ」
何気ない調子でさらりと告げられた台詞に一瞬呼吸が止まった。
「なんの事だ?」
「おにーさんもあの場所に居たじゃん。魔力見りゃーわかるし、特徴的過ぎて間違えるわけないよぅ」
一瞬でヴァイスさんが戦闘態勢に入ったのが分かる。周囲にはバレないように、しかしこのテーブルでは明確に伝わるように。
どうやればそんな器用な真似が出来るのか理解不能だが、確かに殺気がこの場を満たしている。
周囲の喧騒が一気に遠くなった。
自分に向けられているのではない。分かっている。それでも怖い。
「あぁ、やっぱ秘密? 御免御免、誰にも言うつもりは無いから良かったら警戒解いて欲しいなぁ」
殺気を意に介さずからからと笑っている彼女の姿が、急に遠くなったようだ。
影武者でもなんでもない。この人は、”閃光”と呼ばれる英雄その人だ。
そうでなければ、ただの鈍感な大間抜けだ。
「それはまた無理のある話だな」
普段のヴァイスさんからは想像も出来ない、暗く重たい声。
「あー……うん、まあワタシこんな性格だからねぇ。回りくどいのも面倒だし直球がいいかなぁって」
「そういう考え無しな所は改めた方がいい。特にお前は学府の所属だろう。完全に商売敵だ」
だよねー、などとマリアさんが軽い調子で頷いている。
傭兵国家アマルティア。
大魔導とも呼ばれた古の賢者に縁のある国だ。呼び名の通り、国を挙げて傭兵稼業を営んでいる。
学府とはそのアマルティアに置かれた東側最大の教育・研究機関の事だ。
魔術に関する教育とその研究を行い、戦闘に秀でたものは国に雇いあげられる。
”閃光”のマリアはアマルティア所属の英雄だ。
そんな人物に、公の場で勇者として活動していた人物が偽物だと知られるのはマズイ。
勇者は顔に火傷を負っている為に顔を隠している。それが公式な発表で真実とされている。
生きていた頃の勇者は素顔で公の場に出ていたからこその方便だ。
「正直、ワタシ本国と仲良く無いのよ。これは結構知られた話だから、確認なりして頂戴」
マリアさんの手が料理に伸びる。そのシチューは私が注文したものだが、今は流石に口が開けない。
「そんな訳だから、ここに代役が居たって情報をわざわざアマルティアに伝える気は無いのよ。それにどうせスケジュールに無理が出ない範囲で本物も活躍するんでしょ? こんな情報に大した価値は無いじゃない」
だから言わなーい、と私が食べるはずだったシチューを堪能しながらマリアさんが言う。
焦ったが、私も思い違いをしていた。彼女は、勇者が別の場所に居ると思っているのだ。
今回の仕事が演説に出るだけだというのを彼女も知っていたのだろう。
だからこんな仕事に本物が来ないとしても、何ら不思議ではない。それどころか、恐らく他の英雄でも似たような事はやっているのだろう。
「それでも依頼主の心象は良くないだろう。知られていい情報ってわけでもない」
ヴァイスさんは代役について否定しなかった。
つまり、マリアさんが語った内容を肯定したのだ。
流石に彼女も本物の勇者が死んでいるとは思っていないのだろう。
代役までは漏らしても構わない。本当に隠さなければならない真実はそこではない。
「悪かった、ワタシが悪かったですー! この場は奢るからそれで許してよー」
本気じゃないんでしょ? とマリアさんがパンに手を伸ばしながら言う。
「ほら、その娘もいい加減キツそうだよ?」
「……分かったよ。ただ、今後こういう悪ふざけはやめてくれ」
緊迫した空気が一気に弛緩する。周囲のざわめきがやけに響く。呼吸を忘れていたようで、何度も急いで呼吸する。
「でもおにーさんも悪いよー。最初から本気で殺気ぶつけてくるならともかく、かなり手加減してるんだから」
「いきなり信用問題に関わる話を振ってくるお前が悪いに決まってるだろう」
たはー、と何やらやられたように身を反り返らせているが、マリアさんには悪びれた様子がない。
英雄と呼ばれるような領域の人達にとっては、今までのやり取りは軽い冗談のようなものなのだろうか。
ヴァイスさんもエールを再び呑み始める。始まりが唐突なら終わりも唐突だ。
「ごめんねー。っていうかワタシまだ名前も聞いてないじゃん。ねぇねぇ、名前教えてよー」
常人とかけ離れている、という意味でマリアさんも間違いなく英雄だ。
「あ、アトラ・ハルマルカです」
「アトラちゃんねー、よろしくぅー!」
握手よりもそのシチューをもう一度私のために頼んで欲しい。
曖昧に笑みを浮かべながら、言うべきか否か判断がつかないでいた。
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