ep.05

「諸君、先の戦いはご苦労であった。皆の活躍もさることながら、アマルティアの学府が誇る英雄、“閃光”のマリア殿の助力により我々は勝利を得た!」

 巻き起こる歓声が空気だけでなく、地面まで揺らしているようだった。

 前線の街の一つ、イシュテナ。この街を実質的に支配している駐留軍の駐屯地は今、熱狂に包まれていた。

 私達も遠目から見た例の戦闘。その戦勝会のようなものが今まさに行われている。

 練兵場も兼ねているらしき広場には、数多くの兵士が腕を振り回して叫び続けていた。まさかそのような光景を上から見下ろす側になるとは、想像だにしていなかった。

「さらに今日、我が軍は新たなる客人を迎えた。皆がよく知る人物だ。皆がよく祈る人物だ。皆が待ち望んだ人物だ!」

 将軍からの合図で、白い鎧に身を包んだヴァイスさんが無言で観衆の前に姿を晒す。

「現代の勇者、レオ殿がこの街にやってきた! 最早恐れるものは何も無い! 我らの前に障害は無く、ただ突き進むのみだ!」

 恐らく本日の最高潮はこの瞬間だろう。割れんばかりの歓声というのは、渦中にいれば気にならないのかもしれないが、こうして少し遠巻きで見るとただただ耳が痛いだけだった。

 しかしこの将軍、いかにも突撃しか考えていないような偉丈夫なのになかなかしたたかだ。

 勇者がこの街にやってきた、とは言った。しかし、戦いに加わるとは一言も言っていない。

 今回の私達の仕事、いや、ヴァイスさんの仕事はこの演説に立ち会うだけだ。

 戦場に出る契約は結んでいない。それは、ヴァイスさんとは将軍を挟んで反対側に立っている、あの美人が引き続きその役目を担うのだろう。

 英雄というのは、基本的に名前が売れてなんぼの商売らしい。有名な方が売り込みも容易だし、名指しの依頼だって増える。

 そういう理由もあり、英雄稼業を営んでいる者の中でも特に活躍している人達には、いわゆる二つ名というもので呼ばれるようになる。

 それは自称の場合もあれば他称の場合もあるけれど、基本的には他称の場合が殆だ。

 自ら名乗り始めた二つ名は定着しない、というジンクスは、いつか英雄となる事を夢見る冒険者たちにとって馴染み深いものだ。

 ”閃光”もそんな例に漏れず、その戦い振りを見た人達が勝手に呼び始めて定着したものだ。

 曰く、目の前が光ったと思ったら魔術によって敵がまとめて吹き飛ばされていた。

 曰く、光が通り抜けたと思ったら敵の上半身が蒸発し、下半身だけが残されていた。

 曰く、彼女の間合いに入ると目にも留まらぬ速度で殴り飛ばされる。その拳はまさに光の如く。

 これが同一人物についての噂として人々の口から語られるのだ。

 常識の範疇に収まらない人物なのは間違いない。

 私も聞いたことがあるような超ビッグネーム。それがどんな人かと思えば、着飾れば貴族の令嬢と言われても納得出来る美貌の持ち主だった。

 理不尽だ。神は彼女の時だけ賽子の数を他の人よりも多く振ったに違いない。

 いや、もしかしたら影武者という可能性もある。

 ヴァイスさんが死んだ勇者レオの代わりをやっているように、この人も式典などで本人の代わりに出席している人かもしれない。

 思っていたよりも世界というのは腹黒く回っているものらしい。

 演説が終わり、将軍の退出と共に私達も奥へと戻る。

 白い鎧が去り際に片腕を天に掲げた。再び沸き起こる歓声が耳に痛い。

 ヴァイスさんは意外とサービス精神旺盛だ。

 

 

「おう、おつかれさん。商品の納品も終わったし、しばらくはこの街に滞在するぞ」

 エンデ商会イシュテナ支部。その一室に、早速書類に埋もれているカイさんの姿があった。

 ヴァイスさんはこの部屋に入ってようやく鎧を脱いだ。商会の中でも、勇者の死とその影武者の存在を知る者は少ないらしい。

「ああいうのは苦手なんだよな。適当に暴れてる方がまだ幾分か気が楽だ」

 溜息まで吐いて疲れたことをアピールしている。

 かくいう私も、かなりの疲労を覚えていた。

 演説では、私も着慣れない高級な服を着せられていたのだ。

 先程ようやく平服に着替えて一息つけたが、気の疲れはそうそう抜けるものではない。

 幼い頃に憧れていたお姫様、とまではいかないが、それでもかなり高級な服だった。

 悲しきかな。私の感性はどこまで言っても田舎娘のそれなのだ。

「最後にサービスまでやっておいて……?」

 最高のタイミングで群衆を沸かせておいて、苦手というのは私に対するあてつけだろうか。被害妄想ではあるが、すこしむっとする。

「サービス? 契約内容に無いことまでやっちゃいないだろうな」

「去り際に少し手を掲げただけだよ。えらい盛り上がってビビった」

 本人はあまり分かっていない様子だが、カイさんはそこを追求する気はないらしい。

「見ての通り俺は忙しい。宿は手配してあるから、適当に休んでろ。出掛けるなら宿の者に行き先を告げてからにしてくれ」

「いつも通りってわけだな。緊急事態の時はいつもの方法で連絡だな?」

「その通り。機会があれば顔合わせもするが、嬢ちゃんにはお前からざっくりでいいから説明しとけ」

「あいよ」

 当意即妙とでも言うのだろうか。とにかくこの二人の会話は手慣れている。

 身軽になったヴァイスさんの後を追って部屋から出る。

 すると、通路には馬車に置いてきた私達の荷物が置かれていた。

「……なんですか、この手配の良さは」

「それも含めてカイの手腕だよ。まあ俺達は楽が出来るんだし気楽に構えとくといい」

 荷物の上に置かれた紙切れを見ながら、ヴァイスさんがなにやら頷いている。

「おぉ、今回は結構いい宿っぽいぞ」

「商会が出資してたりする宿なんですかね。融通が効かないと連絡も何も無いと思うんですが」

 雑談をしながら商会を後にする。

 建物を出るまでに幾人かとすれ違ったが、見慣れない私達に対しても会釈をする程度で呼び止められなかった。

 用事があって商会に赴いた冒険者、ぐらいにしか思われていないのかもしれない。

「荷物置いたら飯に行かないか? 早めに寝たい」

 本当に疲れているのだろう。私を気遣うというよりは、本音で言っているように見える。

 どうやら、苦手だというのは本当のようだ。

「私も似合わない服を着て疲れましたし、そうしましょう」

「そうか? 結構似合ってたぞ」

「お世辞でも嬉しいです」

 宿には既に話が通っていたようで、荷物を部屋に置いて早速近くの酒場へと向かう。

 狗頭の主人が厨房で腕をふるっている、賑やかな店だった。

 日が傾き始めたばかりの時間帯だが既に客が入っている。なるほど、人気のある店なのだろう。

「とりあえずお疲れさん」

「おつかれさまでした」

 適当に給仕の進めるままにメニューを頼んだが、それで正解だったようだ。

 食事は重要だ。なにせ食べないと生きていけない。

 駆け出しの頃に、先輩達に食事だけは手を抜くなと言われていたがあれは至言だった。

「カイさんはしばらくこの街に滞在すると言っていましたが、その間私達は何をすればいいんでしょうか」

「休みってのがまさにそのままでな。今回は行き先を宿の人間に伝えてさえおけば、何処かに出掛けて何をしようと問題無い」

 意外と休日の多い仕事のようだ。自由時間があるというのは正直、私にとってはありがたい。

「それはつまり……」

「そう。お前さんの人探しをやっても問題無いって事だ」

 ヴァイスさんがエールの入ったグラスを煽る。

 本当にありがたい事だ。仕事が終わった際に渡される給金は、冒険者時代と比べても多いくらい。

 各地をめぐり、その度に仇の所在を探せる自由時間が確保される。

 私は、本当に運が良かった。

「あれーさっき演説の時に居た娘じゃーん。やっほー」

 不意に能天気な声が降ってきた。

 こんな所に私の知り合いが居るはずも無い。何事かと思って声の主を見た瞬間、心臓が変に脈打った。

「貴女は……」

 先程、豪奢な衣装に身を包み群衆の前に立っていた、”閃光”と呼ばれたその人が居た。

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