ep.04

 街道を馬車が行く。

 雲は多いが暗くはなく、風も穏やかで過ごしやすい。

 絶好の旅日和という他ない。こういう日に一気に進むか否かで日程に大きな違いが出る。

 仲間達とそういった会話をしていた日々は、今も私の記憶の中の大事な場所に仕舞われている。

 あの時は皆で歩いていたものだが、今は乗り心地の良い馬車の中だ。

 最も、気分については雲泥の差があった。

 苦楽を共にした気の置けない仲間達と、よく分からないおじさん二人組。

 不平不満を言える立場ではないのだが、この落差はあまりにもひどくないだろうか。

「……馬車の中でよくそんなに長時間読み物を続けられますね」

 おじさんの片方、我らの雇い主であるカイ・オールダムは、手紙や書類を睨みつけてはとっかえひっかえしている。

 確かにこの馬車は高級品で、揺れも一般的なものに比べて格段に少ない。しかし彼の目はずっと文字を追っている。乗り物酔いをしない方がおかしい。

「昔から乗り物には強くてな。仕事が山積みで少しでも進めなきゃならないんだよ。それと、目的地についたら俺はしばらく商会に篭るからな」

 カイさんは手元の紙から一度も目線を外す事無く答える。

 有能な人なのだろう。それは分かる。

 エンデ商会と言えば各地に支店を持つ老舗の大店だ。しかもカイさんは名乗る際に所属する支店名を名乗らない。

 それは本部所属という事で、つまりはエリートだという事だ。

 更に言うならば、どう考えても商会にとってかなりの重要度であろう機密を担当しているのだ。商会内での立場は相当に上なのだろう。

 重鎮というと老人が多いというのにそこに食い込んでいるのだから、よくよく考えてみればかなり恐ろしい人物なのではないだろうか。

 今までの私の人生からは、とても関わり合いになれないような天上人だ。

 ちらりと、もうひとりのおじさんへと視線を移す。

 眠っているのか起きているのか分からないが、とにかく目を伏せてずっと静かにしている。

 そんな姿からは想像し難いが、私など文字通り指先一つで殺せる実力の持ち主だ。

 ヴァイスさんは、人類最強の勇者になりすませる程の強大な戦闘能力を持ちながら、なんというか正直掴みどころが無い。

 私も過去に英雄と呼ばれる人に会ったことがある。その人は自信に満ちあふれていて、いかもにも世の想像する英雄然とした振る舞いだった。

 だが、この人は全くそんな素振りを見せない。なんと言うべきだろうか。そのへんを歩いている普通の人だ。

 恐らくだが、表情に覇気が無いのがその理由だ。

 不意にヴァイスさんの目が開いた。視線を感知したわけではないだろうが、心臓に悪い。

「そろそろ氷の補充をした方がいいよな、カイ」

「頼むわー」

 この二人は会話がとても気安い。

 ヴァイスさんは借金をしていて、その返済の為にカイさんに従っているのだという。

 それだけを聞くと、関係は劣悪なのではないかと思うものだ。しかし一切そんな事はなく、むしろとても仲が良い。

 ヴァイスさんが脇に置いていた木箱を開けた。中には高価そうな小瓶が氷とおが屑と共に収められていて、確かに氷が少し減っていた。

 魔術で氷を生み出して木箱へ詰めていく。

「ついでに魔導馬の方にも魔力補充やっとくわ」

「おー頼むー」

 相変わらずカイさんは手元の紙から目を外さない。

 ここにいると、自分の常識が音を立てて崩れていく音がよく聞こえる。

 魔導馬というのは名前の通り、魔力を動力とする金属製の馬だ。

 かつて大陸中央部に存在した古代文明の遺産で、時折遺跡から発見される貴重品。

 購入しようと思ったら、何処の国であろうと一等地に豪邸が建つ値段だ。

 魔力を篭めれば休み無く動くから便利だ、とはカイさんの言葉だが、それも色々と間違っている。

 聞けば込める魔力はそれ相応の量が必要で、普通は専属の魔力込め役が必要になるという。

 それを片手間で補充しながら、たかだか氷の補充の為に魔術をためらいなく使うヴァイスさんも異常である。

 普通はそんな事に貴重な魔力を使ったりはしない。魔力の残量とはすなわち手札の枚数だ。

 魔力を浪費しても問題ない。その程度では魔力が減ったうちにも入らない。

 つまり、ヴァイスさんはそういうレベルの人外なのだ。

「そういえばその小瓶の中身って何なんですか?」

「あー? 竜の血だよ。本物の勇者が相打ちになった竜のヤツ。だからまだ新鮮だ」

「……はい?」

 竜の血。竜の血ときましたか。

「商品だろうなとは思ってたが竜の血か。それで俺が居るのか」

「というか、お前が護衛代わりに使えるからついでに運ぶって感じだな。今回の依頼主が購入したのをついでに届けてるってだけだ」

 寿命が伸びるとか貴重な触媒になるとか、ともかくこちらも法外な値段で取引されているものだ。

 これを運ぶとなると、確かに普通なら屈強な護衛を雇って送り届けるだろう。

 別口で護衛を雇う費用が節約出来る。カイさんとしてはそういうつもりなのだろう。

 何かが間違っている。そう思うのだがうまく言葉に出来ない。

 この馬車を襲うだけで得られる金銭的価値が天上知らずだ。頭がくらくらする。

 しかしそれを守護しているのが、恐らく現状で人類最強と言っていい人材。もう訳が分からない。

 何故私はこのような人外魔境に居るのだろう。

 目的の為に手段は選ばぬと誓ったのは嘘ではない。しかし愚痴は言いたくなる。

 私の復讐はどこに向かっているのだろう。

「ちょっと街道から外れていいか? ちょっと気になる事がある」

 ヴァイスさんの突然の提言に、ついにカイさん視線が書類から外れた。

「どうした、厄介事か」

「いやな、どうも左側の丘のだいぶ向こうで戦闘やってるみたいでな。一応様子見しようかと」

「……確かに気になるな。いいだろう許可する」

 馬車が街道を外れる。舗装された道から外れて揺れが大きなるが、それもそう長くなかった。

 止まりかけた馬車からヴァイスさんが身を躍らせた。私もその後を追いかけて、丘の頂上へと進む。

「街が近いのにドンパチやってるな。なんだろうなーアレ」

 アレ、というのは恐らく先程から戦場で時折起こる変な発光現象の事だろう。

 この丘からはかなり離れた場所で、集団が動いている。

 恐らくは戦闘だ。それは分かる。しかし同じ場所から何度も色とりどりの光が発せられると同時に、空へと人影が舞っている。

「魔術をぶっ放してるんだろうな」

「……魔術というのは普通、後方から放つものだと思うんですけど」

 あれはどう見ても最前線で放たれている。しかし、おそらくヴァイスさんの発言が正解だ。

 そうでなければ、戦場のど真ん中で人が吹き飛んでいる理由が説明出来ない。

「うーん、多分ありゃ敵じゃないな。東側勢力だろう」

 なら問題ないわ、と言ってヴァイスさんが馬車へと戻っていく。

「……いいんですか?」

「いいだろ。あの分なら間違いなく勝つだろうし、俺らが何かする義理も理由も無い」

 それはそうだ。なにせ今回は戦場働きの為に出張ってきているのではない。

 竜の血のこともある。目的地はもうすぐなのだから、寄り道している暇は無い。

「お仕事優先ですね」

「その通り。まあアトラはもうちょい私情優先してもいいぞ。問題事は俺がどうにかする」

 何故かヴァイスさんは私に優しい。

 理由は分からなくても、使えるものは使えというのは他ならぬヴァイスさんから言われた事だ。

 だから、とりあえずその好意には甘えていようと思う。

 なにせ私一人ではとても復讐を果たせるような相手ではない。

 使えるもの、利用できるものは何でも使うべきなのだ。

「結局なんだったんだ?」

「戦闘。まあこっち側の勝ちだろうな。あと英雄級が一人居た。前線でバンバン魔術つかうやつ」

 魔術……と言ってカイさんが黙り込む。恐らくは該当する人物が居ないか記憶を掘り返しているのだろう。

「とりあえず馬車出すわ」

「ちょっと早めで頼む」

 馬車が来た道を戻る。目的地には間もなく到着するだろう。

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