ep.03
賽子の出目なんて、正直言ってどうでもいい事だ。
例えどんな目が出ようとも、それが望む結果でなかったのなら振り直せば良い。
何度でも振り直して、それでも駄目なら賽子の方を変えてみる。
そうやって馬鹿みたいに繰り返していれば、そのうち望んだ結果になるだろう。
最も、これはただの持論だ。たまたまこの方法で自分が事を成し遂げたからそう思っているだけで、誰も彼もに当てはまる万能の理論だとは思わない。
それはそれとして、今の状況はどうにかならないだろうか。
呆れるほどに長閑な陽気。草原を吹き抜ける爽やかな風。昼寝が出来たらどんなに良かっただろう。
遠くに見える軍勢さえいなければ、それも可能だったと思うとやるせない。
味方の軍勢からは離れているし、別に草原に仁王立ちして待つ必要も無いのではないだろうか。
少しくらい昼寝をしたって許されるのではなかろうか。
「もうすぐ開戦です。予定に変更は無いとの事でした」
アトラが近くにいることを忘れていた。更に言うなら、考え事をしている間に予定の時間が近付いていたようだ。
正直、ものすごく面倒だ。
こんなに良い天気なのに何故戦争などやろうとしているのか。昼寝をしよう。それがいい。
「周囲の人払いはすませてあります。少しの会話なら大丈夫ですよ」
沈黙していた理由を勘違いしたのだろう。アトラの気遣いが少々申し訳無い。
彼女と出会ってから、そう月日は経っていない。数ヶ月程の付き合いだが、根が真面目であることは理解出来ていた。
「予定に変更がない、というのは誰からの指示だ?」
「指揮を執る将軍からではありません。我が雇い主、カイさんからの伝言ですよ」
それならば従っても問題無い。
俺の直接の雇い主はカイ・オールダムであって、城塞都市の領主でもなければ駐留軍を指揮する将軍でもない。
どうせカイのことだ。領主との契約内容に、こちらの行動の自由を確約する文面を入れているだろう。
魔術付与のおかげで重さを感じないのは良いのだが、それでも全身鎧は全身鎧だ。
長時間着ていて気分の良いものではないし、気疲れだってする。
この状態で気難しい将軍やらお偉方を相手にしたくはないし、何よりボロが出る可能性だってある。
可能な限りこの鎧を着ている時は身内以外との接触は絶つべきだ。
「この戦場に、居るといいんですけれど」
アトラがなんでもない事のように呟く。
「この復讐だけは何があっても果たしますよ、私は」
彼女が自分達についてきている理由が、他ならぬ彼女自身の口から漏れる。
本来ならば、彼女が自分とカイに同行しているのはありえない話だ。だからそこには理由がある。
カイにとっては秘密を知る人間だから監視の為、というのが理由だろう。
戦場での補助は、あくまでも前回の仕事から。あの時に有用だと判断していた節があるから、理由としては後付だ。
俺にとっては、彼女の復讐という動機がとても身近なものだからだ。
このご時世ではありふれた話である。
今日もどこかで誰かが死んでいるし、これから俺も大量に殺す。
悲劇とやらは大安売りで、その分、どこかでささやかな幸福も大安売りでありふれている。
だからこそ、復讐を目的として動く者は数多く居るし、それを聞いた周囲の反応も冷たいものだ。
はいはい復讐ねご苦労さまです自分に迷惑はかけるなよ。
それが正常な反応で、言ってしまえば当たり前の受け答えだ。
だが、俺に他人の復讐をどうこう言う資格は無く、そのような反応を返すことは許されない。
なにせ復讐の為に人生を捧げて英雄級の人間を一人程ぶち殺している。
自分は良くて他人は駄目、というのは理屈が通らない。
仇をとった後の満ち足りた気持ちを知っている以上、他人の復讐を軽率に邪魔は出来ないのだ。
正直、今の自分は生きている理由が殆どない。
本当に人生の全てを捧げてしまっていたらしく、復讐が終わった後の事など微塵も考えていなかった。
流石にこれはマズイんじゃなかろうかと思わなくもない。
しかし商売上の理由とはいえカイには復讐の手伝いをしてもらった恩義と借金がある。
それを返すまでは、ひとまず生きていなければならないだろう。
俺という戦力を商品として、カイが高値で売りつける。そして俺は実際に戦果を積み上げる。
これはそういう商売だ。
ただ、やんごとなき事情で俺が掲げなければならない看板がやたら大きいのは困ったものだ。
そもそもこの看板、俺の物ですら無い。
まるで自分が盗人にでもなったような気分だが、一応大本であるエンデ商会のお墨付きではある。
「時間です。合図が打ち上げられました」
アトラの言う通り、遠くの空で赤い光が瞬いている。
わざわざ指示出しの為に魔術使いを用いて合図を出すとは、よほど近付きたくないらしい。
まあそれも仕方がない。
なにせ今の俺は勇者という事になっている。世にあふれる現代の勇者の逸話を聞けば、あまり近付こうとは思わないだおる。
アトラによる防護の奇跡が体を覆う。
補助する者がいるだけで自分の負担は激減する。労働環境の改善は有り難い限りだ。
「すぐ終わらせる。回復は可能なタイミングがあればで構わない」
手に馴染まない大振りの剣を手に走り出す。
最初は軽く、だんだんと速度をあげて、適当に敵陣へと突っ込んでいく。
矢も魔法も剣を振るえば体に届く前にかき消える。
接敵。手の届く距離に雑兵が群れている。だから、あとは適当に腕を振り回していれば敵は死ぬ。
刃が鎧に触れる事は無い。少し動けば雑魚は十人単位で死んでいく。
一度突っ込んでしまえば得物は向こうから近寄ってくる。だから屍を積み上げていく。
しかし、本物の勇者とやらは一体どのような戦い方をしていたのだろう。
聞けば剣の一太刀で千の敵が死に山が動くという話だったが、いくらなんでも盛りすぎではなかろうか。
だがカイが言うには事実であったらしい。
いくら本人が死亡しているとはいえ、勇者になりすましている自分がこんな体たらくで良いのだろうか。
一太刀で良いところ数十人しか殺していない。魔法を使っていいなら百人程は行けるだろうがそれが限度だ。
掲げた看板の大きさに潰されそうだが、これも借金返済の為だ仕方がない。
どうせ自分がしくじった所で、エンデ商会の方でいくらでもカバーしてくれるだろう。
竜と相打ちになった本物の勇者には悪いが、勇者という肩書はまだまだエンデ商会に利益をもたらすのだ。
それを手放す準備が終わるまでの間は、恩返しと借金返済の為に勇者をやらねばなるまい。
復讐に生き、果たし、その後は死んだ勇者の身代わりとして戦場を転戦する日々。
それが、ヴァイスという一人の男が今の所辿っている人生だ。
あぁ、世知辛いったらありゃしない。
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