ep.02
賽子の出目を祈る事ほど無駄な行動はない。
確率は変わらないのだから祈っても結果は変わらない、等と馬鹿な事を言うつもりもない。
人生において振られる賽の出目は、振られる迄に何をしていたかで良い出目を引き当てる確率を上げる事が出来る。
祈るくらいならば、良い出目が出るように前もって行動を積んでおくべきなのだ。
そんな至極当然の事柄を理解出来ない人間が、この世界には多すぎる。
「お待たせして申し訳ない。カイ・オールダム殿」
そう言ってやってきた領主にビジネス用の笑顔を顔に貼り付て返答する。
「気になさらないで下さい。ゼーゲン殿が多忙である事は重々承知しておりますから」
城塞都市アイルカの領主館、その応接間ともなれば調度品もそれなりのものである。
大陸中央部、つまりは戦場にほど近い場所にありながら、これまで一度も陥落した事のない数少ない街。
取った取られたを繰り返しているような街ではありえない、価値の高い調度品が揃えられていた。
「ありがたいお言葉です。何しろ、大きな戦が控えていますからな。心労が多いのです」
笑う姿のどこに心労があると言うのか。全ての心配事は既に過去形になっているかのような笑いだが、それも無理からぬことだ。
うかれている状態の人間を相手取るなど面倒だが、この領主はまともな部類の客だ。
適当に話を合わせておけばそれで問題は無い。
「その心労を払う一助となる事をお約束しましょう。なにせウチの戦力は一級品です」
「まさにその通り。同じ時代に生を受けただけでも幸運だというのに、この街は彼の者の助力を得ることが出来た。なんとも有り難い事だ」
感無量といった風に頷いているが、その気持が分からないわけでもない。
敵軍が大規模攻勢に出る兆しがあるという情報を得て、この領主も焦ったに違いない。
いくらこの街がこれまで敵の攻勢を凌いできたといっても、それが未来永劫続くわけではない。
アイルカには現状、英雄級の戦力は存在しない。
この領主とて、ただ状況に流されるままだったわけではないのだろう。
何しろ、面識の無い自分の所まで商談がやってきただけでも努力の程が伺える。
別の伝手を使って戦力を集めようとして失敗したという情報も確認している。
取れる手は全て取って、この男はこの都市を護る戦力を欲し、しかしその経過は芳しく無かった。
賽子の出目を良くしよとして叶わなかったわけだが、この領主は最後の最後で成功した。
確実に6が出る賽子を引き寄せたのだ。
「並の英雄級戦力を集めるよりも多くの戦果を保証します。吉報はすぐにもたらされるでしょう」
英雄とは、基本的には商品だ。
彼らが持つ力は、個人が持つにしてはあまりにも強大すぎる。
だからこそ、その力が正しく振るわれるよう、英雄達は何がしかの組織または団体に所属する――という慣例が生まれた。
実際には英雄という都合の良い駒を取り合って内ゲバが繰り返された為に決められた、暗黙の了解だ。
英雄級の戦力がもたらす利益は計り知れない。それは権力的な意味でも、経済的な意味でも、である。
だからこそどこの国も、組織も、英雄になるかもしれない有望な卵の段階で囲い込むのだ。
「その自信が今は何よりも救いだ。エンデ商会所属の勇者殿のご活躍は、よく知っていますとも」
なるほど。知っていると来た。ならば、次は必ずあの質問をするだろう。
「一年前に竜の討伐に赴かれて重傷を負ったと聞いています。それ以降、かつてのような力は振るえなくなったとも」
ようは、戦力として本当に大丈夫なのかと確認をしたいのだ。
今更という他ないタイミングだ。戦力提供の代金を値切りたいのならば、もっと早くに言うべきだ。
少なくとも、既に戦端が開いているような時に言うべき内容ではない。
「事実です。兜で顔を隠していたのは、その際の負傷が原因でしてね。竜の吐く炎で顔は大火傷、肺も焼けてしまったのですよ。治療は施したのですが、特に喉が酷く掠れた声しか出ない有様です」
「そのような状態で生きているだけでも、勇者殿の規格外さが分かるというものですな」
「全くです。だがしかし、ゼーゲン殿がおっしゃったように、勇者はそれでも生きています。傷は深く、完治は絶望的でしょう。だが、あれは勇者なのです」
「……先程も言ったように、私は勇者殿の噂しか聞いたことがない。その全てが事実なのだと分かっていても、実際に見たわけではない以上多少の不安は残るのです」
分かっていただけるだろうか? と領主は言う。
よくある反応だ。特に慌てるようなものでも、言葉を重ねて安心させる必要もない。
最高の出目は約束されている。結果という何よりも確実なもので横っ面を殴ってやればよい。
「以前でしたら、英雄級の戦力が束になった所で勇者には敵わなかったでしょう。流石に今もそこまでの力を有しているとは言いません。嘘はいけませんから、正直に言いますよ」
「…‥本当に大丈夫なのだろうね? 彼に任せた役割は相当に重要なものだと将軍から聞いているぞ」
「重ねて言いましょう。それでも、アレは勇者です。負傷した現在でさえ、人類最高の戦力である事を保証しますよ」
そもそも、アレは自分の大事な”商品”なのだ。
万が一にも死んでもらっては困る。だからこそ、投入する戦場は事前に調べ、慎重に検討を重ねたうえで依頼を受けるか否かを決めている。
仕事を受けた以上、成功は絶対だ。そもそも、そんなに危機的な状況ではない。
例えアレが勇者でなくとも、敵の千や二千は無傷で屠って帰ってくる。
英雄級の戦力とはそういうものだ。それに、
「専属の治癒術士も帯同させています。英雄級とまでは言いませんが、勇者の活躍を補佐するには最適の人員ですよ」
最初はどうかと思ったが、これが意外と拾い物だった。あれは使える小娘だ。
「失礼します。戦場からの報告をお持ちいたしました」
応接室に現れた伝令役の顔は、余裕に満ちたものだった。
それを見る領主の顔色もずいぶんと良い。
適当な理由をつけて追加請求をするか否かは、今後の付き合い次第だろう。
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