非合法幻想記

Aldog

ep.01

 今日も賽子が投げられる。

 誰かが何か行動を起こすたびに一つずつ。放り投げられ、転がって、なんらかの結果を指し示す。

 しかし出目の良し悪しは、結果が出てみるまで分からない。

 投げた段階で結果が分かればいいのにと、何度も思ってはそんな仮定に意味は無いと自嘲する。

 そうやって、私ことアトラ・ハルマルカは生きてきた。そしてきっと、これから何度も思うのだろう。


「もうすぐ開戦です。予定に変更は無いとの事でした」


 目の前にいる、全身を白い鎧で固めた男に話し掛ける。

 鎧にも用途によって種類があるというのは、冒険者稼業を始めてから知ったことだ。

 式典などに出席する際に着用するものと、実際の戦場で使うものは分けるのだという。簡単な見分け方としては、細かく鮮やかな意匠が入れられた者が式典用で、そうでない無骨なものが実用なんだとか。

 男の着ている鎧は、そういう観点からいうと式典用に見える。

 そもそも、戦場において白などという目立つ色を着ている時点で異常だ。

 指揮をする偉い人ならばともかく、目の前にいるこの男は最前線で切った張ったをする戦闘要員だ。

 それが、どう見ても凝ったデザインの、しかも目立つ紋章や模様の入った白い全身鎧を着ているのだから異様と言うほかない。

 最も、繊細な意匠ではなく魔術的な加工を示す魔術文字が刻まれた、小規模な国の予算に匹敵するらしい値段の実用的な鎧なのだが、それは遠目に見ただけではわからないだろう。背負った大ぶりの剣も似たような値段のする逸品だという。

  アガナ平原。これから戦場になるこの場所を、その男は少し離れた位置から見ていた。


「周囲の人払いはすませてあります。少しの会話なら大丈夫ですよ」


 そう言うと男はようやく聞き取れる程度の小声で言葉を返した。

 兜でくぐもって聞こえづらいのだが、それにもとっくに慣れてしまった。

 今なら、戦闘中でも聞き逃すことはないだろう。


「指揮を執る将軍からではありません。我が雇い主、カイさんからの伝言ですよ」


 それで納得したらしく、鎧の男はまた無言で戦場となる場所へ視線を戻した。

 兜で隠れて見えないが、今頃は渋い顔を浮かべているのだろう。

 何せこれから、敵軍へ一人で殴り込みにいくのだ。

 私達、賽の民は長い間戦争を続けている。

 私の祖父の曽祖父も、いつから戦っているのか知らないというほど、途方もなく長いあいだ、ずっとずっと戦い続けている。

 この世界は人間――賽の民にとっては過酷な場所だ。

 他の種族、特に敵対的な異族である豚頭や犬頭、角の民に比べて圧倒的に個体能力の低い私達は、大陸中央部にある聖地から遠く離れた大陸東端まで追いやられていたこともある。

 しかしそれも昔の話。

 今や大陸の東側を手中に収め、そうして今はこの大地に暮らす知恵ある種族発祥の地と言われる聖地、大陸中央部に限りなく近いところまで戦線を押し返すことに成功していた。

 もっとも、そこからの膠着状態が長く続き、私の祖父の祖父が子供の頃から賽の民の支配地域は増えていないのだとか。

 これまで何度も繰り返されてきて、そしてこれからも何度も繰り返すであろう戦い。今日のこの戦場も、きっとそんなものの中の一つに過ぎない。

 だが、その場に居合わせる者にとっては、そんな事は関係が無い。

 自分の生き死にが掛かっているのだから、他のことなど気にしている場合ではないのだ。

 かくいう私もそんな人間の一人であることは間違いない。ないのだが、死の覚悟とやらはしていない。

 私には果たすべき目的があるし、こんなところで死ぬ気はないし、そしてなにより、死ぬ気がしない。

 これから周囲に味方のいない状態で最前線で敵軍と対峙する予定なのだが、それでも私の確信は揺らがない。

 だって、この鎧の男が居る。

 私が一人だったのならば死ぬしかないだろう。私は敵軍に囲まれて生き残るだけの技量も力も持っていない。口惜しい事に、持っていない。

 賽の民の中には、英雄と呼ばれる者が存在する。

 私達非力な存在が大陸の東側を手に入れるに至った原動力。我らが希望。

 それは卓越した技量であったり、保持した魔力の膨大さであったり、強大無比な魔法を操る能力であったりと形は様々だ。

 しかし、明らかに人間という種族を超越した「外れた」力を持った者達が生まれる事がある。それが英雄だ。

 彼らは生まれ持ったその強大な力を持って戦場で数多くの敵を屠り、賽の民の生活圏を広げて来た。

 今、私の目の前で静かに佇んでいるこの男は、その中でも飛びきりの称号を持つ世界にただ一人の人間。

 人間を外れた英雄達よりもさらに上。

 もはや人間なのかすらも怪しまれる、大陸最強の種族である竜にすらその牙を届かせうる戦闘能力を有した者。

 勇者。賽の民の希望にして、最も強い個体に対する称号だ。

 その勇者が、今私の目の前にいる全身を白い鎧で固めた男だ。そういう事になっている。

 英雄と呼ばれる者は常に一定数が存在する。死んだり、引退しても新たに別の英雄が現れるからだ。

 しかし、勇者となるとそうはいかない。

 長い賽の民の歴史の中でも、その存在は数えられる程度。

 不在の期間が長く続くこともあれば、出目が良くて連続して現れる事もある。

 そんな、同じ時代に生きているだけでも幸運と言える勇者という存在が、味方として私の目の前にいる。

 これ以上の安全地帯を求めようと思えば、そもそも戦場から遠く離れた田舎国家の王城くらいのものだろう。

 私は考えうる中でもかなりの好条件の場所に居る。

 振った賽の目が良かったのだ。だから、この幸運を逃してはいけない。

 幸運な時間が終わる前に、私は私の目的を果たさねばならない。


「この戦場に、居るといいんですけれど」


 平原の向こう。遠目にも分かる異族の混成軍を睨みつける。

 あぁ、あの中にいるならば、なんとも話が早いのに。


「この復讐だけは何があっても果たしますよ、私は」


 我が身を捧げし水と癒しの奇跡を御恵み下さる神よ。

 この誓い、何があっても完遂してみせます。

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