本番当日
芝居は大盛況の幕を閉じようとしている。
僕は本番なんてどうでもよくて、ただただ久代への私刑(?)がどうなっているのかが気になっていた。結局、千秋楽までなにもなかった。つまり。それは、今日なにか起こる可能性があるということなのではないだろうか。
僕はどうしても見たくなってきた。それは野次馬根性なのかもしれないかもしれない。
受付を仕切っているみさきさんに許可をもらって場内整理の役をもらって芝居をみることになった。
本番三十分前。
みさきさんが異常に緊張した様子だった。
「大丈夫? どうしたの?」
「いや、なんでもないです」
「ちょっと裏に来てもらえますか?」
「いいよ」
スタッフ業務を他の人に任せて裏に行く。
「どうしたの? 大丈夫? なんかあったの?」
「理由は聞かないでください。抱きしめてください」
「う、うん、僕でいいなら、いいよ」
僕はみさきさんを抱きしめる。
この時初めてみさきさんと身体的接触を持った。
みさきさんってこんなに柔らかいなんて。こんなに温かい体温なんだ。もしかしたら気持ち悪いかもしれないけど、でも、その時、初めて気づいた。そういえば、ミズキにもこうしたことをしたことあったかな。あー、あったわ、夏の事件の時。
「なにしてんのよ?」
ちょうどそこにミズキがやって来た。
「わっ!」
「わっ!」
僕たち慌てて離れた。
「ごめんねー、いいところだった? そろそろ、本番だから、終わったらイチャイチャしてくれるー?」
「ごめん」
ミズキはそのまま受付の方に消えていった。僕はどこか傷つけた、やってはいけないことをやってしまったような気がした。
「意気地が無いですね」
みさきさんが小声でいった。
「うん?」
「なんでもないです」
「じゃあ、僕はそろそろ、場内整理いかないと」
「私も受付やらないとです」
「じゃあね」
「また、あとで」
その時の挨拶の意味はそんなに深くは考えなかった。そんなに考えても仕様がないし、この一連の流れも意味ある行動だったと気づくのは何かが起きてからだった。
僕はなんだろう。
結局、傍観者にもなれない人間なのかもしれない。
せっかく、これから人前に出る仕事があるのにテンションを下げてどうするんだと思ってしまう。
とりあえず、場内に入り、精一杯の笑顔で「いらっしゃいませ」と言っている。
その笑顔は嘘。
僕はこの場にいればいい。いれば成立する。置物。
客席がだいたい八割埋まってきた。時計を見ると開演の五分前だった。僕は舞台の前までいく。
「えー、この度は文化祭特別公演『君の名をもう一度』にお越しくださいましてありがとうございます。開演に先立ちまして、何点かお知らせがございます。携帯電話、スマートフォン、時計のアラーム等音の出るものはあらかじめ電源をお切りください。本公演は九十分を予定しております、あらかじめトイレを済ませておいてください。トイレは、場内でまして左手にございます。場内は飲食禁止になっていますのでよろしくおねがいします。それでは、開演まで今しばらくおまちください」
そういえば、なんで演劇部の人間でない僕がこれやっているんだろう?
客入れの曲が最後の曲になる。最後の曲は出演陣で決めた。テンションをあげる曲だそうだ。その曲の音量が段々と上がるにつれて舞台が暗く。
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