本番三日前と前日

   本番三日前


 稽古は順調に進んだ。

 ただし、変わったことが起こっている。

 それは、稽古の後に何人かの女の子が残って「自主練」をしている。

「なにしてるの?」とミズキとみさきさんに訊いたことがある。

「いいじゃん、なにしてたって。そのうちわかることなんだから」とはぐらかされた。

 それでも内容が気になって意地になって「自主練」が始まるまで居座ってみた。

「はいはい、関係者以外立ち入り禁止だよ。帰って帰って」と言って追い出された。

 彼女たちがなにを考えているかまったくわからない。

 でも、推測するに、久代への復讐みたいなことをしようとしているのはわかる。

「もう舞台に立たせないようにしてあげる」

 黒崎先輩はそう言っていた。

 ある種、人の人生を奪ってしまうようなことをしてしまうのだから、怖いことだ。

 彼女たちがなにをするだろうとか考えながらも、結局僕は蚊帳の外で僕は傍観者でしかないのかと思った。

 そして、本番の三日前になった。

 大学は学園祭の準備モードになって学生は浮き足立っている。

 演劇部は、学内の多目的ホールでセットを組み立てていた。

 僕はなぜか小道具の確認をするために楽屋にいた。誰もいない楽屋。モニターで舞台がどうなっているか見える。

「やっほー、息してるー?」

 ミズキだった。

「まあまあかな」

「最近、元気ないよね」

「そうかな?」

「なんか上の空って感じだよね」

「そうかな?」

「『そうかな?』が二回繰り返されること自体もうダメだよね」

「そうかな?」

「からかってる?」

「それはない」

「ちゃんと喋れるんじゃん」

「まーね」

「こんなところでサボってるの?」

 僕はミズキに小道具のリストを見せる。

「なんであんたがやってるの?」

「さー」

 僕は首をかしげる。そういえば小道具担当の人がいるはずなのに、なぜ僕がやっているのかなぞである。

「それより、もうすぐ本番ね。でないけど、なんか緊張してきちゃった」

「初めて演出したんだから仕方ないじゃない?」

「それもそうか」

「あんたもどうなのよ? なんかないの?」

「うーん、ないかな」

「つまんない男ね」

「すいませんねー」

「あたしに反抗するなんて度胸あるわね」

「すいません!」

「弱いわね」

 こんな会話できるのはいつまでなんだろう。僕の青春はミズキによって変わったが、ミズキによって埋め尽くされてしまうのだろうか。それがいいとも悪いともどっちともわからない。たぶん、その判別がつくのは十年先くらいになってかもしれない。

「ちょっと、休憩するよ」

「あらそう? 早くない?」

「いいじゃん、僕はだれにもしばられていないんだから」

「そう、ならいってらっしゃい」

「いってきます」

 僕は多目的ホールを後にする。その近くに喫煙所がある。そこから甘い匂いがした。不思議な感覚がしてちょっと寄り道をしてみたら、そこには葉子さんがいた。僕は近づいてみた。

「こんにちは」

「わっ!」

「わっ!」

 彼女が驚いたことに僕も驚いてしまった。

「驚かすのやめてよねー」

「すいません」

「変なところ見られちゃったな」

「すいません」

「だれにも言わないでね」

「はい。タバコ吸うんですね」

「タバコね……、まぁね」

「じゃあ、なにも見なかったということで、僕はここを去ります」

「バイバイ」

 なんかフランクな人でどこか親近感がある人だったな。でも、タバコ持ってなかったな。うん? おかしいな。気のせいかな。


   本番前日


 ついに本番の前日になった。

 この日はゲネプロが行われる。

 ゲネプロとは、本番さながらで行われる最後の稽古みたいなものである。

 ミズキは客席の中段の真ん中の席に座っている。

 僕は後ろの方に座って見ることにする。

 黒崎先輩は前の方で見ていた。

 その後、何人かがぞろぞろと入ってきた。

「じゃあ、始めるわよ。よーい、はい」

 ミズキの掛け声でお芝居が始まる。稽古のおかげなのか、みんなつつがなく進んでいく。久代も役を演じている時は嫌な顔をしないでやっている。むしろ、生き生きと。

 この後、なにが起こるか知らない。それは僕と一緒。なにか起こるということを知っているぶんまでいいほうか。

 久代がどうにかなる。

 舞台上で彼が何かしらどうにかなる。

 つまり。彼が懲らしめられるということだ。

 脚本の構成を考えてみるにどこなんだろうか。

 そんなことを考えながら見ていて面白いわけはないのだが、頭に芝居の情報が入ってこない。

 どうしよう。

 まーいいか、時がくればわかる気がする。

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