書けないものは書けない
稽古が始まる。されど、脚本はあがらず。
最初の方は基礎練で誤魔化していたが段々と誤魔化しがきかなくなった。その口火を切ったのは、久代からだった。
「いつになったら台本出来上がるんだよ」
一応、この演劇にはゴールが決められている。それは学園祭で大学の多目的スタジオで三日間五ステージ行われることになっている。学園祭まであと五十日切っている。全員参加できる稽古もそんなに多くない。そして、久代の劇団も学園祭の後に控えている。だから、彼もそんなにこっちにかまっていたくはないらしい。
「いいじゃない、そんなこと。書いてるのは大先生なのよ、きっといい作品を書いてくれるわよ。果報は寝て待てじゃない」
「それさ、あんたはだれなんだよ? 急に現れて演出をやりますと言ってさ。俺はあんたのことをまだ認めてないぞ」
「あたしのことはどうでもいいのよ。ただの演劇の好きな女だと思ってくれれば。昔からドラマとか舞台を見てきたから、それなり目は確かよ」
ミズキのことを福浦瑞稀と認識してないことがどれだけ幸せなのだろうか。まぁー、知らなくても、どうにかやっていけるのだけど。もし、彼がミズキの正体を知ったときどんな態度に出るか見てみたい。きっと彼はミズキにひれ伏すだろう。
「そんなんで演出なんてできんのかよ?」
「大丈夫よ、あたしを信じてよ。じゃないと、いい作品ができないじゃない?」
ミズキはいたって落ち着いて正論を言っていく。久代は言いがかりをつけるのをやっとやめる。
それを見計らってか僕のスマホがバイブする。
黒崎先輩からの連絡だった。
「この前行ったファミレスに来て」
すごい簡潔な文章だった。でも、なんか重みのある文章にも感じた。
「ちょっと出てくる」
ミズキに耳打ちして僕は稽古場を後にする。
みさきさんにはなにも言わずに出て行った。
焦って行っても意味がない。
時間はたくさんある。はず。
そう思っていた。
黒崎先輩は、この前と同じ一番奥の席にいた。
「やぁ、悪いね」
「なんですか。どうしたんですか?」
「率直に言おう」
「はい」
「脚本が書けない」
「はい?」
「まったくと言っていいほどアイデアが浮かばないんだ。どうすればいいと思う? こんなことは初めてなんだよ。どうしたらいいか、わからなくて」
結構切実な悩みだし、切羽詰まっていると思われる。締め切りもそろそろだ。
「どうしようかなー。僕もあんまりこんな状況には慣れてなくて、なんか一つくらいアイデアないんですか? ボツネタでもいいですし、小説のネタでもいいです、なんかください」
「うーんと……」
そういうと先輩はノートのページをめくり出した。そこには細かい文字や矢印や図形がそこには書かれていた。
「うーんと……、これかな。高校の卒業式の時にフラれた男女が、ひょんなことから大人になってから再開するの。そして、高校の時の気持ちが再燃するというストーリー」
「なんか先輩らしくない話ですね」
「クライマックスは、裁判所での裁判のシーン。お互いの大切なものとはなにかを問うという流れになるの」
「なんかほとんどできてるじゃないですか」
「できてるけど、点と点はできてるけど、それを結ぶ線ができてないの。じゃ、その部分だけでも書いてもらえる」
「プロットはあるんですか?」
「これコピーしてきて」
そう言ってノートを差し出してきた。
「わかりました。ありがとうございます」
僕は急ぐでもなくで生協でコピーのついでジュースを買った。
時間が無限にあるなんてまったくもって幻だとつくづく思った。
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