依頼

 学校に講義もないのに来るなんて、僕には珍しいことだ。今日は人に会いにきた。いるかどうかわからないけど、たぶんいるであろう人に。

 いつもの喫煙所に行くと甘い匂いがしてきた。

 宮副先輩の電子タバコの匂いだとすぐわかった。

「先輩!」

 先輩はからだをビクッとさせながら僕の方を見た。

「やぁ、君か。びっくりするじゃない。しかも、君から話かけるなんて、明日はマキビシが降るのかな」

「そんなこと言わないでくださいよー」

「なんか用かな? 最近、忙しいだんよね。しかも探偵として」

「そうなんですか。いいことじゃないですか!」

「君はわかってないな。まぁ、知らないことが幸せなことだってあるよね」

 最後の方は小声でなにを言っているのか少し聞きづらかった。

「どういうことですか?」

「なんでもないよ。君には関係ないことだから」

「はぁ」

「で、なんだい、用事とは」

「あの、演劇部の人間関係について調べて欲しいんですが」

「えっ?」

「なんですか?」

「いや、なんでもない。わかった。時間をもらおうか。そうだな。五日ほどかな」

「そんなですか?」

「長いと?」

「いや、短いから有難いです」

「そうかい。じゃあ、また、こっちから連絡するわ。お代は、君が奢るデート一日券ね」

「僕なんかでいいんですか?」

「いいんだよ! 君は自分に自信を持った方がいいと思うよ」

「そんなもんなんですかね」

「そうとも」

「じゃあ、ボクはさっそく仕事に取り掛かるから」

「ありがとうございます」

「じゃあね」

 向こうは手を振ってくれたけど、僕は恥ずかしくて、頭を軽く下げただけだった。先輩のノリにたまについていけない時がある。それは今の状況もそうだった。

 僕はこの足で演劇部の部室に行くことにした。

 演劇の部室に行く前にみさきさんがいるかどうか確認の連絡をした。数分後、いることがわかって部室に入っていった。

 部室では、みさきさんの他に何名かいてみんなでお茶を飲んでいた。まるでどこぞの放課後の軽音部のように。

「今日は、稽古休みですか?」

「休みですね。ミズキさんもいらっしゃらないし、黒崎さんも脚本の執筆中ですから」

「普段は、こんな感じなんですか?」

「そうですよ。ってか、部室ってだいたいこんなものじゃありませんか?」

「そうかもしれませんね。うちの部室は、だれかがゲームやってたり、本を読んでいたりしていますからね」

「今日はどうしたんですか?」

「いや、ちょっと別用で大学に来ることがあったので、ついでにみさきさんにも会いたいなーと思って」

「キャー」

 僕の話を聞いていた他の人たちが、変な声をあげる。茶化してるらしい。もしかしたら、この前の話がもう彼女たちに話されているのかもしれない。

「ごめん、電話来たからちょっと席外すね」

 みさきさんはそう言って部室から出ていった。

 みさきさんがいなくなったのを確認してから、一人の女性が僕に話しかけて来た。

「なんで、みさきなの?」

「なんでって? どうしてですか?」

「みさきって、久代と付き合ってるのよ」

 すごい爆弾を放り込んできたと思う。もし、これが本当に僕がみさきさんのことが好きだったら、自殺しているかもしれないのに。大げさかもな。

「知ってますよ」

「知ってて、なんで?」

「なんででしょう? 僕は彼女を救いたいと思いました」

「救いたい」

「余計なお節介かもしれないですけど、久代という男はあまりいい人ではないようです。彼女のせっかくの大学の生活を楽しくすごせるように助けたいと思いました。それに」

 その時部室のドアが開いてみさきさんが戻ってきた。

「どうしたの?」

 みんなに見つめられたみさきさんはあっけらかんと言った。

「なんでもないよ、今日もかわいいねって話」

「キャー」

「すいません、お邪魔して、また稽古のときに来ます。それでは。じゃあね、みさきさん」

「キャー」

 みさきさんだからやっている。これがミズキなら絶対にやらない。

 その差はなんなのだろう。

 そんなことは考えなくてもいいか。

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