「とっても重要なことを頼むわね。それはね、部員の女の子と仲良くなってね。そのとっかかりに、川上みさきさんを紹介しておくね。彼女が私に脚本書いて欲しいって頼んできた人だから。でも、私たちがなんか変な企みをやってるっていうことがバレないようにね。よろしく」

 こういう時に宮副先輩がいると楽なのになぁーと思ってしまう。あの人は探偵なのだから、こんな活動はお茶の子さいさいだろう。

 あー、めんどくさいような気がする。しかも、初対面だし! なに喋ればいいんだろう。

「あの、どうしました?」

 みさきさんは不思議そうな顔をしている。

 変な企みか。もうこのセッティング自体が変な企みにも思えてくるんだよな、僕にとっては。

 僕とみさきさんはファミレスに二人で来ている。黒崎先輩にコーヒーの無料券を貰った。そんなことはどうでもよい。

 みさきさんは稽古の別れ際に黒崎先輩に話をしていたグラマラスな女性だ。

「いやいや、大丈夫大丈夫、オールオッケーだよ」

「そうですか。あの、お話というのは? 黒崎さんから伺っていたのですが、具体的にどのようなご用件でしょうか?」

 先輩からは話題としてはこれを話せと言われているものがある。でも、初対面の人間がいきなりそんな話をして話に乗ってくれるのか心配だった。

「あー、そのー、あれだー、演劇って、劇団って立ち上げるとどれくらいお金がかかるの? ちょっと興味が出たんだけど」

「ピンキリですね。二十万くらいの資金があればできますよ。あとは、脚本と見せ方ですが。脚本はご自身が書くとして、演出とかはだれかあてはあるんですか? 役者もどうするんですか?」

「うーん、今回手伝ってるミズキにやってもらおうと思ってるかな。役者もミズキの知り合いに頼もうと思ってる」

「へー、あの人ですか。あの人、どこかで見たことあるんですよね。どこかは思い出せないですけど。部員全員が同じことを言うんですよね」

 知らなくていいことがあることを知ってもらいたい。

「ところで、なんで劇団なんか立ち上げようとするんですか? 全然儲からないですよ」

「いいんだよ、自分の作品を世の中に送りこめるだけで」

「そんなもんなんですか。でも、うちの劇団の主宰も同じこと言ってますけどね」

「君も劇団やってるの?」

「はい」

「へー、なんか意外」

 意外なんかでもなんでもない。黒崎先輩からそのことを聞いている。

「なんで、劇団をやってるの? 演劇部があるじゃない?」

「えっ? それはそのー」

 相手が動揺している。劇団に何かある。それはきっと、たぶん……。

「夢を追ってる人ってかっこいいとかな?」

 彼女の目は自分の言いたいことをまさに言われたと思ってびっくりして目を丸くした。ここまでも黒崎先輩から聞いたことだ。

 閑話休題だが、よくここまで情報を集められたと思うし、よくもまぁここまで僕と彼女の展開を予測できたなと思う。僕も話していて恐ろしくなる。ある種、脚本家には向いているのかもしれない。

 話を戻そう。

「好きな人がいると言うことだね?」

 彼女は下向きながら小さく頷いた。

「その彼も演劇部と掛け持ちでやってる人だね」

 また、頷く。

「そう、それは主宰の彼でしょ?」

 まるで探偵のように言ってみせたが、これも黒崎先輩のお知恵である。

「そうなんです、そうです。私は、久代寛之【くしろひろゆき】が好きなんです!」

 おっと、ついにゲロったか。あとは彼女の本心で喋ってもらおうか。

「そうなんですか」

 ここまでが黒崎先輩の情報で知っていること。この先のことが知りたいらしい。

 彼女は涙ながらに語った。

「貴之には私がついていないとダメなんです。彼はいつか絶対に成功する人だと思うんです。それを支えてあげたいんです。一緒にプロになった時に見える景色を一緒に見たいんです。ただ、それだけなんです」

「なるほどね」

「でも、部でも劇団でも人気の人なので、表だって応援はできないし、もし、バレたら私と彼の関係が終わるんじゃなくて、劇団存続に関わってくる話なので、だれにも言えなかった。だから、こうしてだれかに言えることがすごく気持ちが楽になります。本当にありがとうございます」

「いえいえ、僕でよければいつでも話聞くからね」

「ありがとうございます」

 みさきさんは一人で抱えているのが本当に辛かったのか涙を流していた。

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