巻き込み飲み込まれる
大学の近くにファミレスがある。黒崎先輩はそこをよく使うらしい。なんでも灯台下暗しだと言っている。
「いらっしゃいませ」
「いつもの席空いてますか?」
「少々お待ちください。……。大丈夫です。こちらにどうぞ」
ミズキが小声で僕に言った。
「すごいね」
顔馴染みなの驚いている。
「うん」
先輩はきっとこのお店にはよく来るのかもしれない。
通された席はお店の一番奥の壁側の席だった。
「ご注文が決まりましたらこちらのチャイムでお知らせください。ただいま、お水とおしぼりお持ちします」
「私の奢りだから好きなもの食べていいわよ」
メニューを渡しながら言った。
「いいんですか?」
「いいわよ、たまには」
「あたしはクリームソーダでいいわ」
「ミズキさん、いいのよ好きなの頼んで」
「いいです、大丈夫です」
「そう、ならいいけど」
ミズキと先輩のやりとりを見たとき少し冷や汗を流した。せめぎ合いをしていた。ミズキはもともとプライドが高くて人に奢ってもらうことが好きではなかった。先輩がそれを悟るのに少し時間がかかった。たぶん悪いのはミズキの方だと僕は思う。意地っ張りなミズキが悪いと思う。
そんな不穏な空気を吹き飛ばしたのは先輩から切り出した言葉だった。
「どうだった? 稽古見て。というか、稽古じゃないところも見てどう思う?」
「そうね、やる気のある人が七いて、後の二はなんかただいるみたいな感じかな。それと、一の人間がやけにプロ思考が高くてちょっと見ていて痛かったかな」
「みんなバラバラなのは仕方ないんじゃないの?」
「まー、プロから見るとやる気がない人というのがちょっと目につくのが嫌になりません?」
「それはわかるかな。こっちが必死に教えてあげようとおもっているにって思っているとね、そういう人が出てくると困るよね」
「でも、さらに困るのは、プロを敵対視する人かな」
「いたわね、一人ミズキさんと私のことを睨んでいる茶髪でメガネの子が」
「大して演劇がうまいわけでもないから余計に腹がたつの」
二人が意思疎通し合う。僕はびっくりしてしまう。そして、会話に乗り遅れてしまう。
「なんか話に聞いたんだけど、彼は学生で劇団を立ち上げてるらしいわよ」
「へー、そうなんですか。つまらない、芝居してそう」
「ちょっと最後に探りいれてみたんだけど、あの子は部員や劇団の子に手を出してるんだよね」
「もう、部の害毒でしかないじゃない!」
「ね、どうしようもないでしょ」
「話したわけでもなんでもないけど、なんか腹たつ! ねー、あんたは腹が立たないの?」
「えっ、あー、まー」
「いきなり話振ったらかわいそうでしょ」
「でも、あたしの怒りは収まらないの」
「まだそれはファーストインプレッションなんだから、これから変わるかもしれないんだから」
「そうかなー」
「とりあえずさ」
僕が二人の話に割って入る。
「とりあえず、黒崎先輩が脚本書いて、ミズキが演出するって決まったんですか?」
「そうよ」と黒崎先輩が答える。
「脚本の締め切りっていつなんですか?」
「三週間後」
「書けるんですか?」
「多分ね」
「書いてる間に、私がワークショップやるから」
ミズキが自信満々に答えた。
「部員の人たちはミズキのことはわかってるの?」
「さぁ、わからない。先輩からは、信頼できる演出家さんだって紹介されているから」
なんか怖いと感じてしまう。
「そして、あんたも毎回来るの?」
「えっ?」
「演出助手としてね」
「なんも知識ないけど、いいの?」
「それはそれでいいの」
「そう」
なんか巻き込まれているような気がしている。
「それで早速お願いなんだけど……」
もう巻き込まれていたんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます