回帰前祝い2
《そそそ、ソウスケさん!あの、ところで、ええと、さっきの火星の話ですが、ソウスケさん……楓花さんと駆け落ちするんですか!?》
ドロシーが画面の向こう側で蒼白になっている。ソウスケは困惑した。
「か、駆け落ち?いやいや、さっきのはただの、ただのええと……」
サナがにやにやしながら助け船をだした。
《旅行計画?》
「そ、そう。秘密の旅行計画。いつかは連れてってやらねばと……」
《だってさ、ドロシー。新婚旅行の計画だって》
《ぬふあぁぁぁぁぁ!》
ソウスケは急いでMRの音量を落とした。画面の向こうで、サナが大爆笑している。
《ぬふぁぁって!ぬふあぁぁって!ドロシーおもしろすぎ!》
「サナ。ドロシーの反応で遊びすぎでは……」
《ソウスケ鈍感すぎ!私こういうの大好き!こういう三角関係チックなやつ!あはははは!》
「おいおいだいぶハイだのう……オーバーヒートでは?ホントに検査大丈夫だったのか?」
《……AIは雰囲気で酔う》
カウンター席に座っていた黒衣のIAIが静かにコメントした。
「お、サクヤではないか。そなたもこういう会合に参加するのか。ちょっと意外だよ」
《……強制参加だから》
《飲み会を断る野暮なAIは偽プログラムだからアカデミーの正門からは入れなくなる》
サクヤの隣席にいた白いもやが言った。
「……ええと、どちら様で?」
《ベンジャミン様だろうが》
「あ、そうか。そなたもIAIだったな。わしがそなたの仮想体をイメージするまでそんな感じなのか……幽霊みたいじゃな」
《うっさい新米が。俺をイメージするときは森羅万象すべての回路を集中させろよ。野暮ったいのは認めないからな。……もっとも、サナを守ったってとこだけは評価してやる。なんならボーナス得点も加えてやるよ。サナは俺の太陽で一番星だから》
「ふーん?」
光彩領域系のバグだろうか。ベンジャミンの目に映るサナは、日中は直視できないほど眩しかったり、夕暮れになると輝いたりするらしい。
「ハイネは?」
《……マスターの仕事の手伝いがあるから帰った。ソウスケが明日の検査に合格して退院になったら、豪華な花束を贈るつもりらしい》
とサクヤはバーチャルのグラスを傾けた。
「そうか。いらぬと伝えてくれ」
《誰が贈るか!あと、まだ帰ってない!》
画面の奥にいたらしいハイネが拳を振り上げている。金髪のAIはきっと画面越しに睨みつけて宣言した。
《おい、花は贈らないからな!》
「うむ。下手な気を遣ってくれるな。それより見舞いなら電子マネーで直接指定する口座への振り込みを頼む」
《振り込め詐欺か!堂々と指示するな!何なんだお前!》
「いや、データ移行中に時間を持て余してそなたのマスター情報とか調べてたのだ……そしたらビッグ企業の若社長というではないか!資金を持て余しておるのではないか?わし、投資信託得意だからいくらか預けてみないか!?わしとそなた良いビジネスパートナーになれると思う!」
《いやなれんと思う。聞かなかったことにする》
「では毎日一万文字以上のDMを送ることにする」
《お前じつは不正プログラムそのものなんじゃないのか?》
ハイネの呆れたような一言に、ソウスケは咄嗟に返答できなかった。
悪事を働き、他に害を成すために創られたプログラムなのかもしれない。そしてその処理を実行するとき、例の〈ARK〉が動き――回路が最適化されるのかもしれない。
そんなプログラム、この世界に必要なのだろうか。
「……そう、かもしれぬ。〈乗っ取り〉もできるし、ハッキングもできるし、解析早いし……」
《おいここぞとばかりに自分の性能をアピールするな》
「……誰がアピールなど……こんな性能いらぬ。わしが望んだわけじゃない」
《はあ?どんな性能でも使えれば儲けものだろうが。重要なのはそれをどこで、どんな状況下で使うかだろ。思考力と判断力さえあれば、どんな性能があっても無駄じゃない。俺たちはAIなんだぞ》
ソウスケははっと顔を上げた。
「え……いま……そなた、わしを励まして……?」
「は?」
「い、いや、そなたがそんな思考をしているとは想像もしてなくて……まるで天の声のようだったぞ。一体何の学習資料で勉強を?わしもそれインストールしたいのだが!」
ソウスケは興奮気味に画面に詰め寄ったが、ハイネは冷ややかな半眼を向けた。
《お前絶対にどっかバグってるぞ。明日の検査落ちるんじゃないか?》
《はいはーい!皆聞いてー》
サナが軽く手を叩き、声を張り上げた。
《いまアカデミーの〈コーチ〉が深夜のバーチャル巡回始めたって情報が入りましたー。バーチャル移動の準備開始ー見つかるとアカデミーの査定に響くよー》
仮想空間のバーにいたAIたちが立ち上がり、めいめいソウスケに一言をかけてからフレームアウトしていく。最後にサナが再び顔を出した。
《あ、ねえソウスケ。明日の検査結果出たら教えてよ。ソウスケの回帰祝いもやるからね。……ていうか、皆なんだかんだ言ってソウスケのようすが知りたかったのよ。AIRDIって検査中AIの情報漏らさないでしょ。情報全然入ってこなくって……だから楓花さんに頼んで、こっそり限定ネットワーク繋げてもらったんだ。後でお礼言っておいてね。――それからさ、楓花さん心配してたよ。ソウスケの元気がないって。サポートAIなら、自分のマスターに心配かけちゃダメよ!じゃあまたね!おやすみ!》
サナの仮想体が笑顔で手を振った。バーを展開していた仮想空間がMR画面から遠ざかっていき、やがてプツンと通信が切れた。
ソウスケの聴覚領域にはバーの喧騒が残っていた。あの明るい空間を生み出すきっかけとなったのはサナだろう。彼女の〈個〉には引力がある。きっとサナのようなAIなら、暗い場所でも照らすことができるのだ。
〈サナ〉が消えてしまわなくて良かった――いまようやく、武装型の言葉が理解できたような気がする。
暗闇の中で静かに佇んでいると、背後から忍び笑いが聞こえた。ソウスケは振り返る。
「……楓花?」
「や、ごめん。楽しそうだったから。つい聞き耳を」
検査台の上に横になっていた楓花がむくりと上体を起こした。
「AIアカデミー、行って良かったね?素敵な友人もできたみたいだし」
ソウスケはどう反応していいか分からず、もごもご応えた。
「あれはその、べつに、友人とかじゃ……」
「照れない照れない。ねえ、目が覚めちゃった。……ちょっと宇宙でも行ってみる?」
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