応答

《応答願います。僕はソウスケ。マスターは楯井楓花。知らせたいことが――》

 

  少しぎこちない、自動音声のような口調。初めて彼を起動させた時を思い出す。


 楓花は画面に目を向けたまま、手探りでマイクに触れ、音声スイッチをオンにした。


「――ソウスケ、聞こえてるよ。こちら、楓花です」


 画面の向こう側にいるソウスケの仮想体が、はっと顔を上げた。


《楓花!良かった!大丈夫!?いまどこにいるのさ!?ていうか、僕もどこにいるのか分からないんだけど……とにかく、緊急性が高いと思われるメモが記憶領域に置いてあったから急いで報告するよ!まず、いま僕の容量の中に二つの大事なデータが厳重に保管されている。一つは〈サナ〉だ。すごい容量なんだけど……これってAIの人格データかな?十分前の僕から僕宛てに指示が出ていて、とにかく〈サナ〉を先に安全な端末に移したいんだ》


「ちょ、ちょっと待ってねソウスケ……瀬戸さん、ソウスケがサナちゃんのデータを保護してくれてるみたいです。一度、私の電子端末に転送させても大丈夫ですか?私の端末は人工知能搭載人型ヒューマノイドのコアと直接接続できるので、そこから人格データを移行できると思います」


 瀬戸は困惑していたが、頷いた。


「分かりました。お願いします……でも、データ移行後、サナを再起動させても大丈夫なのでしょうか……」


「――ソウスケがきっと、なんとかしているはずです」

 

 確証はない。でも、楓花はそう信じている。


「ソウスケ、私の端末データは残ってる?」


《ちょっと待って……あるよ!》


「そこに〈サナ〉のデータを転送してくれる?」


《了解!データ移行完了まで……は、八時間!?何なの〈サナ〉って!どれほどのビックデータなんだよ……仕方ない、データ移行と並行して、次の処理の実行準備に取り掛かります。ところで、向こうから遠巻きにこっちを見てるAIの仮想体がいるんだけど……彼らって味方かな?味方だったら電力を分けてくれるように頼んでくれないかな。八時間もデータ移行してたら、途中で充電が尽きる……》


「了解です。あのAIたちは味方だから協力してくれるよ。充電のこと頼んでおくね。ソウスケも、次の処理の準備ができたら教えて」


《了解!》

 

 一度、通信が切れた。


「楓花くん……ソウスケくんは一体……」

 

 ソウスケのようすが変化したことで、遊馬も瀬戸も戸惑っているようだった。楓花も内心では動揺していたのだが、なんとか落ち着いて説明した。


「――ソウスケはたぶん、自分の記録の一部を消去しています。空き容量を増やして、サナちゃんの〈人格〉データを構成するプログラムを取り込むために――だから、いまの彼には断片的な記憶しか残ってないんです。おかしなことを口走るかもしれませんが、きっとミッション完了のために必要最低限の情報は残しているはずです」


《楓花、準備できたよ!》

 

 無邪気で好奇心旺盛なプログラムの塊だった、昔の〈ソウスケ〉がそう報告した。


《さっきの話の続きだ。もう一つのデータ……〈E2〉って名称がつけられてる。すごく危険なプログラムだから、こっちは僕のほうで対処する。いまは機能停止状態だけど、再起動すると〈回帰プログラム〉が自動的に実行される仕組みだ。僕への指示は、E2の画像認識と音声録音のシステムを利用して、バックエンドの居場所と正体を掴むこと。やり方は分かるから、ちゃちゃっと片付けてくるよ》


「ま、待ってソウスケ。E2のバックエンドが何か罠を仕掛けてるかもしれない!そういう警告は残ってないの?」


《ええと……その……ないことはないんだけど……心配いらないよ。僕のほうで対処するから》


「待って!何か隠してるでしょ!分かるんだからね!」

 

 小さな弟を叱りつける口調で楓花が指摘した。


「どういう指示が出ているのか、嘘偽りなく、明確に伝えて!」


《え、ええ……どうしても?》


「どうしても!」


《わ、分かったよ……楓花ならたぶん気づいてるだろうけど、いまの僕には断片的な記憶しか残っていない。でも十分前のソウスケが必要なデータだけは残してくれてるんだ……このE2ってプログラムが、一体楓花に何をしたか……僕は楓花のサポート用AIだから、楓花を危険な目に遭わせようとする脅威を放ってはおけない。だからすぐにバックエンドの正体を掴みに行く。その後で、人間たちに然るべき対処をしてもらいたいんだ》

 

 ソウスケの口調は幼いが、思いのほかしっかりした口ぶりだった。


《それが完了したらすぐに楓花の元に戻るよ。あと全部終わったら、楓花の腕でたっぷり充電してもらうことってあるんだけど――あのさ、十分前の僕って正常だった?充電はふつう、充電器から行うものだと思うんだけど……楓花には充電機能があるってこと?》

 

 こんな状況なのに、楓花は思わず笑ってしまった。


「大丈夫だよ、ソウスケ。電力供給とは違う〈充電〉があってね――後で、戻ってきたら教えてあげる」


《そうなの?良かった!バグってたらどうしようかと。じゃあ僕はちょっと離れるけど……楓花いま、一人で留守番してる?母さんは夜勤だからちゃんと戸締りしておくんだよ。来客があっても僕が確認するまで開けちゃダメだからね。あと冷蔵庫にプリンがあるから、早めに食べてってさ》

 

 言葉につまりそうだった。ソウスケの記憶にはまだ、母の姿が鮮やかに刻まれている――楓花の母親が病気で逝ってしまったときの記憶は、いまはソウスケの中には残っていないのだ。


「――大丈夫だよ。ちゃんと……戸締りしておくから。プリンも、今日中に食べる」


《約束だよ。僕はE2の件を片付けてくる。戻ってきたらまた学校で勉強したこと教えてね、楓花。行ってきます!》


「――行ってらっしゃいソウスケ。気を付けてね」


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