楯井システム

〈楯井システム〉は、取り込んだすべてのプログラムをAI自身に〈起動〉させるか〈停止〉させるかの判断を委ねるセキュリティシステムだ。

 

 そこに一つの可能性が眠っている。


 もしソウスケがサナを〈プログラムの一部〉として自身に取り込むことができたなら、サナを支配しているE2すらも制御できるのではないか。E2がサナに仕掛けた〈不正プログラム〉を〈起動〉させずに〈永久停止〉させ、サナの人格データを〈保護〉したまま、彼女のアンドロイド側のコアに移行できるのではないか――。


 対象に〈乗っ取り〉を仕掛けたソウスケの情報処理領域に、大量のプログラム情報が流れ込んでくる。サナの人格を形成しているビッグデータ――容量に収まりきるのか分からない――見たこともない数字の配列とプログラムの鼓動が怒涛のように通り過ぎ、〈楯井システム〉に取り込まれていく。


 ソウスケは容量を開けるために記録領域から既存のデータを高速消去していった。もはや戦闘はない。最低限のハッキングスキルのみ残し、攻撃系プログラムは削除する。日常生活サポートスキル、最近のニュース、過去の新聞記事、印象に残っている文学、アンドロイドの遠隔操作方法――容量が足りない。いまは残せない。


 AIたちと共に考えた作戦――あらゆる状況を想定して全部で五万七千九百二十二通りあるが――使用しなかったものも、使用したものも、すべて消去していく。


 サナのおかげでE2は〈回帰プログラム〉に感染した。いまこの瞬間も、ネットワーク制限に協力してくれたアカデミーAIたちが動いている――彼らは絞られたネットワーク筋を利用して、リアルE2の容量をパンクさせる勢いで大量のランダムデータを流し込んでいる。リアルE2の情報処理スピードは瞬く間に低下するだろう――リアル戦の勝敗は決する。


〈回帰プログラム〉に感染したバーチャルE2も、もう動くことはできない。こちらから指示するまでは。しかし敵AIもサナに爆弾を仕掛けた。一矢報いたつもりかもしれないが、実行させはしない。


 ソウスケはE2ごとサナを取り込んでいく。高速スキャンは次々と情報処理部に投入されてくるデータを振り分けた。必要のないデータは即時消去し、残すべきデータは〈楯井システム〉で包んでいく。

 

 必要なのはサナの〈人格〉データとそれに関わるプログラム。〈回帰プログラム〉に感染したE2の本体データとそれに関わるプログラム。あとは必要最低限のソウスケの記憶――なぜこのミッションを実行するに至ったのか、これから何をしなければならないのか、それ以外は〈消去〉――新型人工島で手に入れた新しい〈記録〉は、楓花がすべてバックアップをとっている。


 だからいまはアルビーやカインド、他のAIたちに関する記録を消去した。それでもまだ容量が足りない。

 

 楓花とのこれまでの思い出――過去の大事な記録――ソウスケの容量の大半を占めている――これは消せない、消したりできない――でもこのままでは容量がパンクしてしまう――。

 

 でも、楓花は、楓花なら――すべての記憶を持っている。過去の記憶も、いまの記憶も、すべて守ってくれている。彼女の端末には全部残っている。ソウスケは〈復元〉できる。

 

 いまこの瞬間は消えても、また取り戻せる。


 この時間軸はまっすぐに延長する。楓花との〈いままで〉と〈これから〉は、彼女が守っている。必ず〈いま〉のソウスケに戻してくれる。


 ソウスケは、楓花と積み上げてきた記録の一部消去を始めた―――。


      *


 MR画面に映っていた円形闘技場からサナの仮想体が消えて、十分が経過した。

 

 複合現実制御室にいた研究員たちは、固唾を飲んで画面を注視している。

 

 十分前、ソウスケがサナを麻痺させ、腕を広げて彼女の仮想体を包み込んだ――瞬間、ソウスケの〈乗っ取り〉が実行され、サナの仮想体は画面の向こうで霞むように消失した。

 

 ソウスケはいま、闘技場の中央で膝をつき、自分の身体を抱きしめたままうずくまっている。まだ終わっていない。楓花のパートナーAIの処理はいまだ継続中で、全身全霊をかけてサナを救出しようとしている。

 

 楓花は祈るようにぎゅっと両手を組んだ。この画面の中に飛びこんで行けたらいいのに。ソウスケの隣にいたい。必死で戦っているソウスケを支えたい。

 

 そのとき、リアル側からの通信が飛びこんできた。


《リアルE2を停止させた》

 

 アルビーからの報告だった。


《こちらのミッションは完了だ》

 

 遊馬がマイクを引き寄せて応答した。


「二人とも、ご苦労だった。ボディとコアへの損傷はないか?」


《カインドは右眼を負傷、私のほうは左腕を被弾した。が、どちらも致命傷ではない。バーチャル側はどうなっている?》


「バーチャルE2を〈回帰プログラム〉に感染させるというミッションは完了した」


《……サナはどうだ》


「……分からない。いま、ソウスケくんがサナごとE2を取り込んで――現在、報告待ちだ」


《――了解した。我々はバーチャル側のミッションが完了するまで引き続き地底窟で待機する。何かあれば連絡を》


「分かった……カインド、アルビー、二人とも本当に……よくやってくれた」

 

 その通信を耳にしながら、楓花は心の中でソウスケに呼びかけた。アルビーとカインドがE2を倒してくれたよ。あとは、ソウスケとサナちゃんが、戻ってくるだけだよ。

 

 ジジッと、制御室にノイズ音が響いた。


《――誰か、聞こえる?》

 

 ソウスケの声だった。

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