失われた記録

 任務前、研究所で話し合ったときの記録――。


「――〈乗っ取り〉を利用する?」

 

 ソウスケの提案に、サナが首を傾げた。


「私たちがE2を〈乗っ取る〉ってこと?」


「その前段階の話だ。任務完遂のために、わしらは何としてでもE2に〈回帰プログラム〉を仕込まねばならぬ。でなければバックエンドの場所と、その背後にいるマスター情報が掴めぬからのう」


「しかしリスクが高すぎます」

 

 難しい顔でカインドが指摘した。


「E2が〈乗っ取り〉時に遠隔操作だけを実行するはずがない。必ずこちらのプログラム内部に特殊攻撃を仕掛けるはずです。強制自爆を促される可能性もある」


「否定はできぬ。だが、次に襲撃してくるE2には楓花を拉致するという目的がある。楓花を傷つける行動は許可されていないはずだ。もし仮にわしがE2の立場なら、わしは楓花の情報を持っていそうなAI……わしか、カインド、アルビー、サナの誰かからその情報を抽出しようとするだろう。広い人工島をくまなく探すより、情報を奪うほうが断然効率が良い。それに、E2の内部構造は非常に複雑だった。こちらの解析力、情報処理スピードを持ってしても簡単にはいじれないだろうし、あとはわしが一度侵入したことで、向こうの〈不正プログラム〉を排除するセキュリティシステムも改変されていると考えたほうが良い。だからこその提案だ。危険な敵地に潜り込んで罠を仕掛けるより、準備を施した自陣に誘い込んで罠にかかってもらうほうが安全で確実なのだ」


「――仮にその作戦で挑む場合、誰が実行する?」

 

 アルビーの問いに、ソウスケは肩をすくめる。


「誰ってそりゃわしだ。〈楯井システム〉があるのだぞ。たとえE2でもわしのプログラム改変は不可能だ」


「E2もそれは理解しているはずだ。そのE2が、お前に〈乗っ取り〉をしかけると思うか?」


「むっ……」


「それにプログラム改変はされなくても、やはり遠隔操作はされることになるでしょう。ソウスケさんの回路が敵に利用されてしまうとなると、その思考力と情報処理スピードも一緒に敵に回るということになります。〈未知〉の実行処理をされると、我々の手に余る可能性が出てくる」


「むむっ……」


「やっかいな上に面倒だな。まあ機能面でもコスト面でも貴様のボディ性能はこの中で一番劣るだろうからその点では適役だと思うが、貴様に無駄に労力を削られると思うと非常に不愉快でもある」


「むむむっ……ってそれただの感情論ではないか!そんな主観的な意見は聞いておらぬ!それにこれはバーチャル戦での話であって、リアル戦での話ではない!」


「ではなおさら、バーチャル戦で有利なAIを囮にするのは合理的ではありません」


「んんぐぅ……」


「ならさ、私がやろっか?」

 

 申し出たのはサナだった。


人工知能搭載人型ヒューマノイドの性能面でいうと、やっぱりアルビーとカインドがワンツーよね。そうすると二人はリアル戦担当。で、情報処理スピードが速いバーチャル戦はソウスケが適任。なら私がソウスケと組んで、E2を罠に誘い込むってのが一番合理的で勝率もあがるんじゃない?」


「や、しかしサナ……E2を内部に取り込むのはあまりにも高リスクだ。知っておるとは思うが、これまでE2に〈乗っ取り〉を受けたAIは……」


「すべて廃棄処分になってるんでしょ。なんか回路がわけわかんなくなるまで設定変更されちゃって。まあたとえそうなっても、バックアップがあるんだから大丈夫よ」


「あっさりしておるのう……」

 

 以前人工島の第五新興区でE2に〈乗っ取り〉を受けた人工知能搭載人型ヒューマノイド――マスター持ちでバックアップも残っていたが、〈復元リカバリ〉はできなかったという。無事だったプログラムは十パーセント。失った九十パーセントの〈人格〉は完全に書き換えられていて、残しておくと本体のコアにも影響が出る可能性があると示唆された。

 

 だから、バックアップごとすべて〈消去デリート〉するしかなかった。

 共有してきた時間も、思い出も、一緒に。


 しんみりと報告した、楓花の横顔がソウスケの記録領域に蘇る。


「――サナ、E2は〈未知〉の不正プログラムを実行する可能性もある。もし〈人格〉に影響するようなものだったら……」


「それなら、仮想体アバター側でいじられたデータを人工知能搭載人型ヒューマノイド側に取り込まなければいい話じゃない」


仮想体アバターに反映されるコア情報と人工知能搭載人型ヒューマノイド側にあるコアはネットワークが繋がっている限り連動しておる。仮想体で受けたダメージが、離れたボディのコアに影響しないという保証もなかろう?だから、この二つのコア連動を調整できるような技術が確立されないと、取り込みデータの取捨選択は現実的ではない」


「じゃあさ、丸ごとリニューアルってのはどう?仮想体に何かあったら〈破壊〉。ボディ側のコアは全部取り換える。で、バックアップから新しい

コアへデータ移行して、〈復元リカバリ〉」


「や、だから、バックアップデータにも影響がでないとも限らんし……」


「それはたぶん、バックアップを一つの媒体に保管してるからよ。保管領域を分散させておけば、全部ダメになるってこともないでしょ」


「む……そうか。その可能性も確かに……いやしかし……」


「心配しすぎだって!」

 

 サナはバシっとソウスケの背中を叩いて笑った。


「ね、その作戦で行きましょ。あとは〈回帰プログラム〉をどうやってE2に感染させるかって話よね……」



***


 バックアップさえ残っていればリカバリできる。なぜそう思いこんでいたのか。あらゆる危険性を想定しなければならなかったのに。自分で高リスクだと認知していたのに。

 

 なぜ、予測できなかったのだろう。


「……何か……方法はないのか……〈復元リカバリ〉の方法は……」

 

 ソウスケの愕然としたつぶやきに、しかしドロシーは首を横に振る。


「現状では、思いつきません……こんな脅威があるだなんて……」

 

 ソウスケは自分の電力値を確認した。


「……ドロシー、ハイネらに、情報を共有してくれ。すぐに交代する」

 

 いまサナの電力値を尽きさせるわけにはいかない。〈切断〉も〈破壊〉もダメだ。一時的に〈不能〉にさせて……もっともそれも、ただの延命措置でしかない。


「それから……サナのマスターにコンタクトをとってくれぬか。この状況を伝えぬわけにはいかぬ」


「……了解しました」

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