バーチャル戦3-助っ人-
マスター持ちAIが、冷静な判断力を失う瞬間がある。
それは、マスターの身の危険を感知したとき。マスターからの緊急用件や、SOSを受信したとき。有事の際どう対処するか事前にプログラムしておかないと、完全自律型はミスを犯す。
ソウスケも経験がある。マスターを優先するがゆえに、普段は徹底している脅威対策を怠るのだ。単純なミス。けれど、致命的なミス――。
*
ソウスケの視覚領域には、円形闘技場とサナの
E2の仮想体は消えた。サナの仮想体を〈乗っ取った〉から。
「サナ……」
「で、でも……何よこれ。どうして私乗っ取られてるのに、私の〈人格〉が残ってるわけ……?」
サナは目に見えて混乱している。E2はおそらく、サナの思考、感情回路にだけは触れず、残りの部分――容量や記録領域、動作を司令するメインプログラムのみを遠隔操作しているのだろう。
サナのOSは
ただ、〈乗っ取る〉ことができないのではなく避けていたという可能性もある。LA型のプログラム構造は複雑だ。侵入し、解析を行い、支配するのに時間がかかるから、あえて狙わなかっただけかもしれない。
「やだ何これいじられてるのが分かる……めちゃくちゃ、気持ち悪いんだけど……」
「お、落ち着けサナ。大丈夫だ。思考能力が残っているなら、ウイルス除去の要領でE2の機能を一時的に凍結させて――」
サナは呆然とした顔つきのまま長槍を構えた。闘技場の地面を蹴って飛びかかってくる。ソウスケは電子光剣を起動させ、突き出された三日月型の矛先を光剣で弾いた。衝突した電流がバチっと破裂する。
「どうしよう!全然体が動かない!」
「し、しっかり動いておるではないか!」
「そういう意味じゃない!」
サナが高速で突き出す槍をかわしながら、ソウスケは仕方なく後退した。
「くっ……埒が明かぬ……サナ!すまぬが麻痺してもらうぞ!」
ソウスケはスキルを切り替え、右手に電流を集中させた。電力値がだいぶ減少してきている。〈
《E2の動きがスローダウンしました》
カインドの声だ。
《麻痺させるのに成功しましたか?》
《いや、サナが乗っ取られた》
短い沈黙。ソウスケは続けた。
《E2はサナのプログラムを探っている……それで一時的にリアルE2へのアシストが停止しているんだ。油断するでないぞ。サナのプログラムを支配したら、すぐに処理スピードが戻るはずだ》
《サナは……なんとかなりそうですか?》
《――最善を尽くす》
ソウスケは短く答えると、改めてサナと距離をとった。サナの動きを止めるには、〈
バーチャルE2を追い込むためには、攻撃特化スキル搭載のMEMAペアで挑む必要があった。しかし、プログラム性能をスキルバフで強化できなければ、現状打破は困難だ。
でも、きっとそろそろ――。
「――ソウスケさん!」
円形闘技場の上空に突如青色の電光渦が出現し、中からIAIのドロシーが勢いよく飛び出してきた。民族衣装風のスカートをふわりとさせて着地する。
「こちらのミッション無事完了しましたので、アシストにまいりました!」
アカデミーAIたちは、E2が紛れ込ませていた悪質な学習資料によって、E2のような高性能AIには絶対に敵わないと思いこまされ、一方ではE2の優秀な能力は敬うように誘導されていた。
その洗脳から解放されつつあるAIには別の任務と合わせて、助っ人を頼んでいたのだ。
「ドロシー!待っておったぞ!」
「ひゃあああ待っていてくださいましたか―!極楽浄土一陽来復感謝感激にございますー!」
「お、おお……相変わらずなオーバーリアクション……ところで、そなた一人か……?」
「おい、まだ決着ついてないのか?」
同じ電光渦から姿を現したのは、アカデミーAIのハイネとサクヤだった。金髪のAL4ハイネは迷彩柄の戦闘服姿で仮想体を形成している。AL3でIAIのサクヤは、ドロシーと同じくソウスケの想像によって可視化されているので、忍者を思わせるいつもの黒衣姿だ。
「ハイネぇサクヤぁ!来てくれたか!助かる!本当に助かる!」
味方AIの合流に感極まったソウスケが両手を合わせて拝み始める姿を見て、ハイネは顔をしかめた。
「お前……AL4としてのプライドとかないのか」
「わしの容量はマスターの情報で埋め尽くされておる。そこにプライドを組み込む余裕があるとでも?」
「知らんし興味もないがその偉そうな言い方がこめかみ周辺の回路にピリッとくるな」
「……戦況は?」
サクヤの静かな問いに、ソウスケは真剣な目で応えた。
「大詰めを迎えておる。しかしサナがE2に乗っ取られた。早急になんとかせねば」
「なんだって?サナのやつ何やってんだ……」
ハイネが呆れた目でサナを一瞥した。サナは狙撃手にスキルを変更し、電子ライフルの照準をこちらに合わせている。
ハイネが再度ソウスケに訊いた。
「作戦はどうするつもりだ?」
「作戦ナンバー八八一を決行する!」
「うわ……お前がくだらん語呂合わせで『ヤバイ』戦況のときに使用するとか言ってたやつか……」
「実際ヤバイのじゃ!サナは〈人格〉を残したまま操作されている。人工知能は物理的な衝撃よりも、思考回路に侵入されるほうが影響を受けやすい……そなただって分かるはずだ。〈想像力〉を得た電子知能は、〈恐怖〉という感覚を自らの〈想像〉で補完する。だから〈人格〉を失うことを、痛みがなくても恐ろしいと、怖いと感じてしまう。大事なものがあるほど、それを強く感じてしまうのだ。そんな領域にサナをいさせたくない。早く解放してやらないと……!」
心からハイネに訴えると、彼は舌打ちしながらも出現させた電子光剣を右手に装備した。
「役立たずは隅っこで電力供給でもしてろ。足止めしといてやる。行くぞサクヤ」
サクヤは頷き、ハイネと共にE2に乗っ取られたサナのほうへ向かっていった。
「すまぬ!頼む!」
二人の背中にそう声をかけ、ソウスケとドロシーは闘技場の端まで一度後退した。
「ドロシー、〈充電〉を頼む!」
「了解です!」
解析士のドロシーによる〈充電〉で、失った電力が回復していく。
助っ人の到着は、ネットワークの包囲網が完成しつつあることを示していた。これで使用できる回線が限定される。E2が〈乗っ取り〉を諦めて離脱を試みても、行きつく先はこちらが準備したバーチャルエリアだ。取り逃がすことはもうない。
作戦は終盤にさしかかった。こちらの思惑通りに。
だが―――。
「ドロシー、自身に〈
「了解です!」
ドロシーは自身のプログラムに〈
これまでE2は〈乗っ取り〉を行うとき、〈人格〉すらも完全支配していた。しかしなぜ、サナの〈意識〉を残したままにしているのか……。
ドロシーがスキャン結果を口にした。
「――対象の〈不正プログラム〉の種類は〈ロジックボム〉型に近いものだと思われます。E2は現在、ハイネさんサクヤさんと交戦しながらも、サナさんの記憶領域内データをスキャンして特定の情報抽出を図っています」
楓花の情報だな、とソウスケは見当をつけた。リアルでの居場所を突き止めようとしているのだ。
「ロジックボムの発動条件は?」
「解析中です…………データ入力、出力系回路、並びに充電接続回路周辺にプログラムの強制改変が見られます……これは……」
ドロシーが絶句する。
「まずいですソウスケさん……このロジックボムはおそらく、バックアップに繋ぐか、充電を行うと発動するもの……」
「――なるほど」
心苦しいが、やはり〈乗っ取り〉を受けた以上、サナの仮想体はこのゲストルームで〈破壊〉しなければならない。
「リアルにはサナのバックアップが残っている。時間はかかるかもしれぬが、新しいコアにプログラムをすべて移行すれば……」
「い、いえ……マスター情報が……〈コア〉が書き換えられてしまっています。サナさんは一度でも電力値が底をついてしまえばもうサナさんとして〈復元〉できない……サナさんはもう既存のバックアップから過去データを取り込めないんです……サナさんの〈人格〉コードがE2に解析されてしまっている……サナさんに関する〈人格〉データが接触してしまうと、バックアップ含めて強制消去されてしまう仕組み……」
ドロシーの声は震えていた。
「つまりサナさんは、このバーチャルエリアで一度でも〈切断〉か〈破壊〉で停止してしまった後はもう……E2としてしか再起動できません……」
ソウスケは言葉を失った。
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