AIたちの作戦会議

 対E2完全不能化作戦において、任務完遂のための条件が出揃った。


 最終的に実行すべきことは二つ。

 

 E2の複製能力を持つバックエンドの〈破壊〉。


 そして、E2のプログラム構成を行っているマスター情報の〈入手〉。

 

 これまで、新型人工島AIが経験してきたのはE2とのエンカウントによる交戦――出現パターンに規則性が見い出せず、あくまで受け身の実行処理しかできていない。

 

 しかし今回は違う。E2に明確な標的が存在するからだ。場所、時間、交戦エリア環境、すべてこちらが掌握した上でおびき寄せることが可能なのだ。戦況を有利に運ぶための事前調整ができる――それは、可能性というあいまいなものではなく、戦略次第で確実な勝機を掴めるという事実に他ならない。

 

 そして、ソウスケたちAL4の意見は一致した。


 E2に〈回帰プログラム〉を搭載したウイルスを感染させる。

 

 回帰プログラムとは、蓄積したデータ処理、または修復のためにバックエンドに強制転送させるソフトウェアだ。そのプログラムをE2内で起動させれば、敗北感知による自爆を防ぎながら、バックエンドまで案内させることができる。

 

 もちろんそれを成功させるためには、まずE2を自爆させずに〈不能〉状態まで追い込まなければならない。それもリアルと仮想空間、両方で。


 標的が楓花である以上、最初はリアルでの交戦は避けられない。同時に、複製された複数E2の出現も阻止せねばならない。交戦相手は人工知能搭載人型ヒューマノイド化したリアルE2と、そのリアルE2と組むバーチャルE2。MAとMEの二体に絞る必要がある。


 ひとまずは対象の電力値を削りつつ消耗させ、ウイルス感染に追い込むという道筋は定まった。


 あとは戦略。確実な勝利を得るための好条件を徹底的に考察し、あらゆる罠と作戦を準備すること。


「ですが、この作戦を実行するには楓花さんの協力が不可欠です」

 

 会議机の対面側から、カインドが気づかわしげにソウスケを見やった。

 

 日付は変わり、大会議室に残っているのは四体の人工知能搭載人型ヒューマノイドだけになっていた。昨晩は満場一致で人間には十分な休息が必要と判断し、渋る遊馬と瀬戸の二人を仮眠室のベッドに強制送還してからおよそ八時間。


 充電と回路を冷やすためにソウスケたちも小休止を挟んだが、だいたい一時間で事足りる。


「いま、思考をフル回転させて楓花に危険が及ばぬ環境設定を構築中だ……も少し時間をくれ」


 ソウスケは葛藤の表情を隠さずに答えた。


 楓花は対E2不能化作戦に全面的に協力するという意志を示した。自暴自棄になってるわけじゃなく、しかと検討してから出した結論なのだと。


 気持ちの整理が完全についたわけではないだろう。それでも今朝からすでに動いている。AIたちが仮想空間で使用できるような〈防御用〉システム構築のために。


 当事者であるマスターを作戦に組み込むことは避けられない。ソウスケのプログラムは発火しそうなほどの拒否反応を示していたが、E2を特定のエリアに誘い込むには楓花本人が必要だった。


「――それから、カインド。ちょっと気になったことが」


「何でしょう?」


「そなた、いつから楓花のことを名前で呼んで……前は楯井たてい様、と呼んでなかったか?」


「ええ、そうお呼びしておりましたが、楓花さんから直々に名前でお呼びする許可を頂きましたので。ちょうど、ソウスケさんがアップグレードのためにデータ移行を行っていた最中でしたね」


「ふ―――――――――ん」

 

 いいけど。べつに。それくらい。全然。ちょっとおもしろくはないが。


 制御しきれない〈出力アウトプット〉に後押しされるままソウスケは半眼を向けたが、執事風AIは微笑むばかりだ。圧倒的余裕――改めて自分の未熟さに磨きがかかっているのが浮き彫りになるようで、やっぱりおもしろくない。


「あ、これって、修羅場?修羅場なの?」

 

 ソウスケの隣席でサナが電子瞳を楽しそうにキラキラさせた。


「ねえ、これって三角関係ってやつだよね、アルビー?」


「まるで対等ではないがな」


 とカインドの隣で皮肉っぽい笑みを浮かべるのは武装型だ。


「容量の小さいやつ」


「それわしのことか。アップグレードしたわしのCPM容量構成値を知ってのことか」


「知らんし興味もない。そんなことより、MR有効エリアが使用できると仮定して、リアル戦のメンバー配置をどうするかだ」

 

 たしかにそうだ。

 

 リアル戦をMRで展開することに関しては、長所と短所がある。長所はリアルと同じ立体感を持って環境を構築できること。一部の環境を仮想空間と連動させることにより、バーチャルでしか使用できない電導士と解析士のスキルを、現実の空間で発動できるという点にある。

 

 しかし、敵も自動学習機能を実装した高性能AI。特殊環境に遭遇すれば、適応作業のため初動は鈍るだろうが、システムの仕組みを理解した途端攻勢に転じる可能性がある。

 

 それでもMRはプログラム相手に騙し合いをしかけるには絶好の環境だ。立体感。投入感。エネルギー同調。バーチャルであっても現実を表現できる。リスクはあるが、危険を上回る優位性を確保できる。


「楓花の護衛があるから、リアル戦はまずわしとカインドで挑みたい。武装型とサナには、仮想空間のバーチャルE2を任せたいのだが……」

 

 果たしてそれでいいのだろうか。〈回帰プログラム〉を仕込むには仮想空間でバーチャルE2を十分弱体化させることが求められる。おまけに、対象に敗北と判断させないように、リアルE2とバーチャルE2はタイミングを合わせて〈不能〉化させなければならない。


「うーん、あのスーパーIAIがまた出現してくれたらなあ……」


「スーパーIAI?」

 

 首を傾げるカインドに、ソウスケは喜々として説明した。


「風来坊のようなスーパーIAIに遭遇したのだ。ちょっと話したであろう?小型端末内の秘密プログラムについて助言してくれたり、電子爆弾を渡してくれたAIがいたと……あれは能力値的にAL4……いや、潜在的なAL5かも……」


「誠さんのIAIだろう」

 

 アルビーが断言するので、ソウスケは驚いた。


「武装型、そなた知ってるのか?」


「能力値不明の高性能IAIの存在なら耳にしたことがある。でも誠さんは気まぐれだ。そのIAIも然り。下手な期待はしないほうがいい」


「だけど、誠さんって確かアルビーの大ファンじゃなかった?」

 

 サナが指摘すると、武装型は人間のように肩をすくめた。


「あの人は人間の中でもスーパーシャイの部類に入る。接触するのも一苦労だ。それに、一時期はE2のマスターじゃないかと疑われていた……すでに白だと証明済だが、AIRDIの体裁上、今回の作戦には介入させないほうが無難だろう」


「そ、そうか……ていうか、誠さんって何者……」

 

 漠然とした想像にのまれる前に、ソウスケは思考を切り替えた。


「ところで、MR有効エリアでのリアル戦は実際可能なのか?」


「ちょうど彷徨かなたから連絡が来たわ」

 

 サナがMRの画面でメッセージを確認しながら告げた。


「いま遊馬たちが関係各所に交渉中。でも三日以内には許可が下りるだろうって。それまでに作戦を考えて、シミュレーションしておきたいわね」


「うむ。あらゆる状況を想定して訓練しておかねば……アカデミーAIたちの洗脳解除も滞りなく進んでおるのだったな?」


「うん。調査部の報告によると、悪質な学習資料によるデータ更生作業が実行されたから、E2崇拝は徐々に消えていってるそうよ」


「よしよし。E2とのバーチャル戦は、アカデミーAIにもできるだけ協力してもらいたいのじゃ」


「となると、大量の電力確保も必要になってきそうですね」

 

 カインドが腕を組んで思案する。


「ただ、一時的に電力供給を集中させるとエリア自体がオーバーヒートを起こす危険性がある……冷却システムも併設したほうがいいでしょうね」


「大量の電力をE2に利用されないよう、我々の陣営のみ電力を確保できるように制限をかけねばなるまい」

 

 アルビーが指摘した。


「同時に、E2にのみ不利な条件を与える環境構築も不可欠だ」


「だとすると、すべての条件を揃え、十分なシミュレーションを終えるまで、最短でどれくらいの作業日数がかかると思う?」

 

 ソウスケの問いに、他三体のAL4たちは同時に応えた。


「七日ですね」


「七日ね」


「七日だな」


「やっぱり七日はかかるか……」

 

 すべての準備が整うまで、楓花には引き続き研究所内で過ごしてもらうしかない。


「まあ、わしの優秀な性能を持ってすれば、楓花のためにAIRDIの施設改造計画を実行することも可能……」


「何ぶつぶつ言ってるの。シミュレーション用の仮想空間を開放してもらったから移動するわよ」

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