作戦前夜

 仮想空間での交戦シミュレーション。リアルでの電子武器、ならびにアンドロイド操作最適化訓練。MRの環境システム構築。作戦のパターン化と数値化。交戦スキルプログラムの改造とインストール。コアプログラム構成値の見直し。

 

 怒涛の七日間が終わろうとしている。

 

 E2とのリアル戦に臨むメンバーは、技術部での最終ボディ検査に入っていた。ソウスケは技術部施設三階、〈検査室二〉というカプセル型個室の検査台に仰向けになり、燦然と輝く星が散る濃紺の宇宙空間映像が投影されている天井をぼんやりと眺めていた。土星の輪を形成している細かな粒子を見つめ続けていると、プログラムが吸いこまれて一緒に回転を始めそうだ。

 

 ピコン、とメールの受信音。ソウスケはメッセージを確認した。――サナからだった。


《リアル戦用のスペシャル衣装の準備が完了。好きなの選んで要返信》


「……スペシャル衣装って……」

 

 服装の話になったとき、機動力が落ちなければいつものユニブルーでも良いと発言したら、サナにこっぴどく説教されたのを思い出す。決戦前の身だしなみは超重要だというのが彼女の自論だった。MR下とはいえリアルでの交戦になるだから、最低限伸縮性、耐電性、耐久性、耐熱性、耐水性、さらにいえば耐冷性、耐圧性に優れているものが望ましい。

 

 意訳すると、E2との決戦でユニブルーとか舐めてんのか、ということらしい。怖い。というか、ユニブルーは最低限伸縮性とコスパに優れている。

 

 とにかく、衣装に並々ならぬこだわりをみせるサナの助言にも一理ある。ソウスケは送付された衣装リストの一覧を眺めた。いつもなら真っ先に価格に目がいくが、幸いなことにプライスレスで貸し出してくれるようだ。


 電子武器用の武器ホルダー形状については思うところがあり、なるべく脇差のように腰に装着できるタイプと、両腕に固定するタイプがいいと要求したところ、希望に沿ったホルダーがリスト上に挙がっていた。こちらは即決したが、服装は金額表示がないとどんな基準で選択すればいいのが分からない。

 

 逡巡したソウスケは奥の手を利用した。リストを丸ごと転送――マスターへ。


《お好きな衣装の選択をお願いします》

 

 こんなメールばかり送っていると、完全自律型どころか、不完全自立型というレッテルを頂きそうだが、それでも外見くらいはマスターの好みに忠実でありたい。

 

 ピコン、と返信が届く。


《ナンバー3が似合うと思います》

 

 楓花が選んだのは、濃青色で、電子銃等の電流を軽減する合成化学繊維で仕立てられた戦闘服だった。大昔に三分間だけ活躍を許された伝説的巨大ヒーローを彷彿とさせる、灰色と赤のぴったりとしたボディスーツもあったが、なるほど楓花は近未来風ミリタリー仕様のほうが好みらしい。


《ありがとう。それにします》

 

 なぜか敬語でのやり取り後、選択した衣装をサナに転送した。サナから《了解!》という返信があった後、楓花からも新着メッセージ。


《さっき、ようやくアカデミーのIAIと会話することができたよ!手紙をくれたドロシーちゃんにも会えた。ソウスケの視覚領域で認識されている姿を見たかったから、ちょっとプログラムをお借りしました。ソウスケがイメージするドロシーちゃん、私のイメージにも近くて嬉しかったです。ていうか、すっごく良い子で可愛いくて、個人的に明日にでもアンドロイドにコア移行して愛でたいです》

 

 研究室で大興奮するマスターの姿が目に浮かび、ソウスケは苦笑した。


《ドロシーも楓花に会いたがっておった。電子お弁当データも共有しておる》


《私、徹夜してお弁当データ更新します。フランス料理のフルコース風データを構築します》


《スイッチ入ったのう……あのでもいまは休息をお願いします。徹夜ダメ、絶対》


《ちぇっ。了解しました。ところで検査は滞りなく進んでそうだけど、プログラムでも回路でも、どこか気になるとこはない?》

 

 ソウスケは少し迷ったが、メッセージを暗号化し、マスターに正直に伝えた。


《いまさらだけどARKが気になる。実行処理に影響はないが、時々回路に低電流が発生するような……感知センサーがピリッとする》

 

 ソウスケの回路に組み込まれている、未知のプログラム。ソウスケ本体が起動したときからずっと休眠状態で、システム起動のさせ方も、どんな実行処理を行うのかも解析できていない。

 

 ただ名称だけはついていた。


 ARKアーク


 秘密の宝物を見つけた感覚で、楓花とは昔〈Artificial Radiant Kingdom〉—―人工燦然王国――やら、〈Ability Right Knight〉――能力正常騎士――やら、〈Accurate Recovery Key〉—―精密回復用鍵――など、おもしろおかしく解釈したものだ。

 

 それをいまさら気にしたところでどうしようもない。ARKはソウスケの特殊なプログラム回路の拡張領域の一端を担っていて、取り除くことができないのだ。

 

 少し時間を置いて、マスターからの暗号化された通信が返ってきた。


《技術部の最新のプログラム解析にも引っかかってないから、悪さしてるプログラムではないと思うよ。それでも気になるなら、楯井システムで起動させないようにしよう》

 

 そうだ。楓花が構築してくれた最強の自己防衛システムがある。ソウスケの中に存在するプログラムは、起動も停止もソウスケ自身が判断できる。


《分かった。もしARKが〈Accurate Recovery Key〉のような感じがしたら、起動させるようにする》


《そうだね。大丈夫だよソウスケ。一人でE2と交戦させたりしないから。こっちも準備してきた。バックアップは任せて》


《ありがとう、楓花。明日の任務が終わったら、攻撃系スキルのプログラムはアンインストールするよ。代わりに調理用プログラムを戻して、即行でハンバーグを作るぞ》


《やった!楽しみにしてる》


 次のミッションでは、マスターと一緒に戦う。が、E2には手出しさせない。


 すぐそばで、一番近い場所で、今度こそ絶対に、彼女をすべての脅威から守りきるのだ。

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