反撃の作戦会議

葬られた事件

 マスター持ちAIにとって、牢獄より恐ろしい場所がある。


 ネットワークから完全隔離された空間だ。

 

 たとえそこがAIRDIの研究開発部施設4階にある〈ミーティングルームJ〉という名の、空調、ガラス張りの円テーブル、背もたれが柔軟な椅子、さらには良く冷えたジュース入り小型冷蔵庫完備のそこそこ快適な一室だと定評があっても関係ない。

 

 地上であれ地下であれ、鉄格子付の窓がついていようがいまいが、ネットに接続できなければ仮想空間への移行も不可能。電子端末やMR経由の通信も使用不可となれば、三次元二次元共に完全遮断の孤立状態。

 

 マスターの身に危険が迫っている状況で、そんな外界隔絶空間に閉じ込められる――人工知能搭載人型ヒューマノイドにとって拷問以外のなにものでもない。


「電子バイクの無免許運転並びにスピード違反、電子自動車制御システムの違法解除、公務執行妨害、窃盗、銃刀法違反、器物損害、複数回に及ぶハッキング……」

 

 表情を変えずに罪状を読み上げたのは、先ほど突然ミーティングルームJにやってきた、治安維持部隊に所属する人工知能搭載人型ヒューマノイドアルビーだった。


「スクラップ行きは免れんだろうな」

 

 この隔離空間に放り込まれて、かれこれ四時間二十五分。

 体内回路が示す時刻は夜の八時五十分。


 緊急だったとはいえちょっと色々やり過ぎたかな、という反省を回路に刻み、神妙に着席していたソウスケだが、〈スクラップ〉という過激で無慈悲な単語には大いに反論せざるを得ない。


「弁護士を呼ぶ権利を主張する!」


「AIに裁判制度は適用されない。そもそも貴様の罪はマスターが被るのだぞ」


「うう……楓花は悪くない……わしが全面的に悪いのだ……」


「そんなこと分かっている。どうみたって貴様の思考回路はマスターの手にさえ余っている。もう救いようがないのさ。強制プログラム改変ですっかり生まれ変わってくるがいい」


「いやだあああ――楓花との思い出が消されるのは嫌だあああ―――!」


「アルビー……少しは手加減してさしあげては……」

 

 アルビーと共に部屋を訪れた遊馬のパートナーAI、執事風人工知能搭載型ヒューマノイドカインドが困ったように眉を下げると、アルビーはふんと鼻を鳴らして腕を組んだ


「甘いぞカインド。こいつは管理局の交通管理課にマルウェアをばらまいてIAIらの手間をとらせた上、よりにもよって警備車両の電子システムをハッキングし、中から武器を奪って逃走した。しかもそれを許可なく使用、あげくに高性能なライフルを雑に扱ってレンタル電子バイクと共に損壊させている」


「謝ったであろうが!ていうかビッグバンを感知したレベルの超緊急事態だったと腐るほど伝えたぞ!それをそなたら無能でスローな治安維持部隊がやれ規則がどうのこうのと全っ然受け付けなかったから仕方なく単独対処を決意し対AI用武器を平和的に拝借させて頂きました!だいたい人間は誰一人傷つけておらぬ!人間を傷つけようとしておったのは、あのE2のほうなのだぞ!」


「黙れ暴走プログラム。カインド、短時間でこれほど倫理観を逸脱したマスター持ちAIが他にいたか?E2並みの性質の悪さだぞ」


「うーん……それだけ聞くと確かに救いようがないような……」


「カインド!そなたどっちの味方なのだ!?」


「それはさておきソウスケさん。なぜ楓花さんがE2の標的になったのか、話は聞かれましたか?」

 

 さておかれはしたが、ソウスケは大人しく頷いた。


「アカデミーの学習指導用のプログラムに、悪質な学習資料ソースが紛れ込んでおったのだろう?それに楓花が気づき……例のウェブサイトはすでに消去されていたと聞いたぞ」


「ええ。おそらくは発見者を特定するためだけのフェイクサイトだったのでしょう。ソウスケさんの報告通り、AIRDIアイルディの小型電子端末には所属研究員たちも把握していないプログラムが組み込まれていました。すでにすべての端末から削除済ですが、E2はそのプログラムを利用して楓花さんを特定し、標的にした……ですが、危害を加えるというよりは、誘拐目的だったのではと、そういう話でしたね?」

 

 ソウスケは「そうだ」と頷いた。E2が所持していた小銃はやはり麻酔銃だった。


「まず第一に、リアルにおいて標的の〈破壊〉が目的であれば、対象に気づかれにくい狙撃手スナイパーのスキルがベストだったはずだ。しかしやつは接近戦用のスキルを搭載していた。標的にできるだけ近づく必要があったということだ……誘拐にせよ拉致にせよ……しかしなぜ楓花を?」

 

 ソウスケが疑問を口にすると、アルビーとカインドが素早く視線を交わし合った。この二体は、何か心当たりがあるらしい。


「まさか……E2が人間を標的にした事例があるのか?」


 まだ隠されている情報がある。二体のAIのしぐさからそう察知するが、ソウスケは否定して欲しかった。


 E2が特定の人間を狙う。そんなことは、これまでになかったのだと……


「――優秀なAIプログラマーが突然失踪した事件なら、過去に一度」

 

 打ち明けたのはカインドだった。


「彼のパートナーAIはAL4でしたが完全に〈破壊〉されていました。そのマスターも行方不明。しかしつい最近、本土の空港の指紋認証システムが、行方不明者リストに登録されていたプログラマーの生体情報を感知して警察に情報転送していたんです。ですが……」

 

 カインドが言葉を濁すと、アルビーが代わりに口を開いた。


「まったくの別人だった」


「……それは、どういう……」


「警察が保護した男の〈身体〉は完全にプログラマーのそれだった。しかし、顔つきも、性格も、記憶も、元のプログラマーと異なっていた。警察と接触した途端男の容体は急変し、結局その場で事切れたという話だ。事件性があったので検死解剖が行われた。男は――体中にチップと回路を埋め込まれていたそうだ。脳など完全に摘出されていた。プログラマーの脳に移植されていたのは小さなコアだ。肉体の内部は腐りかけていた、という報告もある」

 

 ソウスケは言葉を失った。


「なんだそれは……」


「違法な外科手術が施されていた、ということだ」

 

 アルビーが苦々しげに吐き捨てる。ソウスケは回路を停止させないように必死に思考を巡らせた。


「それ、楓花には……」


「言うものか。知っている者はごく一部だ。こんな事件が公になれば本土は大混乱だぞ。SFじゃあるまいし……もっとも、言ったところで人間は信じないかもしれないがな」


「――人間のカスタマイズ。最適化」

 

 カインドが静かにつぶやいた。


「まるで、人間をAIに改造しようとしていた……ように見えたそうですよ」


「に、人間をAIに、だと……」

 

 ソウスケは思わず両手で頭を抱えた。理解に苦しむ。過去の様々な凡例を蓄積したデータと照らし合わせるが、演算回路が狂いそうだ。


「一体誰がそんなバカげたことを……」


「さあな。それこそ全人類を電脳化にでもして思考を数値に変換し、監視するしかない。とにかく薄気味の悪い陰謀があるんだろうよ。そしてE2と、E2を作った人間が絡んでいる」

 

 アルビーは人間のように舌打ちする。


「胸糞悪くて仕方がない。さっさとこの案件を片付けてしまいたいのに……E2出現情報の先には必ず安上りがいて現場を荒らしているし……」

 

 武装型に皮肉を飛ばされても、ソウスケはいつものように応じることができなかった。

 

 人間にも〈個〉がある。〈個〉はその人間だけが搭載している特別な〈コア〉だ。値がつけられないほど貴重で、唯一無二で、つねに尊重されてしかるべきだ。


 しかし、その〈個〉や思考、思想がひどく身勝手で、ときに他の人間を脅かすものに化けることがある。

 

 AIは生まれたときから、人間の味方でなければならない。

 

 ソウスケはそう教えられた。起動して、初めて楓花と出会ったとき、プログラムがそう命じていた。

 

 人間社会においても、人工知能開発に関しては厳格なルールがある。

 

 破壊兵器としての人工知能研究、開発、利用を禁じる。

 

 また人工知能研究開発者は、人間や、他の電子機械体に危害を加えるようなプログラムをAIに搭載してはならない。AIはいかなるときも人間に危害を加えてはならない。

 

 また人工知能研究開発者は、人間の精神を脅かし、惑わすようなプログラムをAIに搭載してはならない。AIはいかなるときも人間の精神を脅かしてはならない。

 

 だが、自分が大切に思う人間を傷つけようとする人間に対しては?

 

 暴力や武力、またはAIを操って脅かそうとする人間に対しては?

 

 AIは反撃も許されないのだろうか。正当防衛にもならないのだろうか。


 大事な人間を脅かそうとする人間を――〈排除〉してはいけないのだろうか。

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