たった一人しか

「――楓花は、無事なのか?」

 

 ソウスケはぽつりとこぼした。


「遊馬たちが一緒です。AL4のサナもついています」

 

 カインドの返事に、しかしソウスケは安心できなかった。


「なら、いますぐその映像を見せてくれ。録画じゃないという証拠も一緒にだ!」


「……どうしたんです、ソウスケさん?」


「分からぬ……だが、ひどく不安なんだ……楓花に会いたい。暴れたりせぬから、楓花に会わせてくれ。でないとおかしくなりそうだ……いま、E2がまた出現したら……」

 

 アルビーが呆れたように一瞥した。


「この研究所は人工島の中で最も安全だと言われているんだぞ。脅威対策も万全だ」


「分からぬではないか……E2の出現パターンも掴めておらんくせに、なぜここが安全だと言い切れる?あのときだってわしがいなかったら楓花は……わしより早く楓花の元に駆け付けたAIなんかいなかったではないか!そなたらは全力を出しておらぬ!いつだって!自分のマスターが狙われてないからであろう!わしは、わしには楓花しかおらんのだぞ!」


 録音されたメッセージが記憶領域で再生される。


 楓花は言った。泣きそうな声で。「ごめん」と。


 あのとき、ソウスケはすぐに応えることができなかった。最短ルートを検索して一刻も早くマスターの元へ駆けつけようとしていたから。公共アンドロイドに〈乗っ取り〉を仕掛けたバーチャルE2を排除するため、リアルでアンドロイドを操作しつつ、仮想空間で電子武器を使用するためのプログラムインストールを行っていたから。


 もしあれが、彼女が残した最期の言葉になっていたら。


「なにがAL4だ……肝心なときにいつも……」


 ふがいない。情けない。もう二度と、マスターを危険な目に遭わせないと誓っていたのに。アップグレードまでしたのに、それでもまだ、できないことのほうが多すぎる。


「わしはもう……楓花を失ってしまえばもう起動している意味もない!楓花がおらぬ世界など、わしには何の価値もないんだ!」

 

 アルビーとカインドは呆気にとられたように立ち尽くしていた。ソウスケ自身、こんなことを口走ることに驚きを隠せない。


 だが、まただ。また不具合。ボディ内部で発生する低電流が、回路をせっつくように刺激してくる。なんだかマスターのことを考える度に――せめて楓花には相談すべきだろうか。しかしこんなときに余計な心配をかけたくない。いまはとにかく、彼女の傍に――。


 背後でがちゃりと扉が開く音がして、ソウスケは反射的に振り向いた。

 

 目を丸くして立っている楓花の姿が目に入り、ソウスケは安堵の間もなく〈機能凍結フリーズ〉を強いられた。

 

 アルビーがしれっと告げ口した。


「――楯井楓花、残念な報告だ。このイカれたAL4は、マスターがいない世界などどうなってもいいらしい。コアプログラムの総入れ替えを要求する」


「いやいや、いまのは聞きようによってはなんていうか……大告白じゃないか?」

 

 呆気にとられている楓花の後ろから、遊馬がひょっこり顔を覗かせた。


「誰よ。研究所の中心で愛を叫んでた恥ずかしいAIは」

 

 遊馬の横からさらにサナがひょっこり。


「ていうか、一人しかいないわよね」


「楯井さんのAI、すごいなあ……こんなマスター至上主義のAL4初めて見ました」

 

 とサナの横からさらに瀬戸がひょっこり。


「ていうか、ただのマスター依存症じゃない?」とサナ。


「依存症だな」とアルビー。


「依存症かもしれませんね」とカインド。


「い、依存症だったのかあ……」と肩を落として楓花。


「ち、違……楓花……依存症とかじゃなくて……」

  

 ソウスケは窓から飛び出してしまいたい衝動に駆られた。


「わしは……わしはただ……と、とにかく早急にE2をなんとかして、楓花の平穏と安全を確保したいだけだ!」


「そのほうが良さそうだ」

 

 と同意したのは遊馬だった。


「ソウスケくんの処分は一度保留にする」


「では遊馬、お前が代わりに電子ライフル代を弁償するのか?言っておくがあれは特別使用なんだ。この前大破したお前の車より高くつくぞ」

 

 アルビーに鋭く睨みつけられ、遊馬は大いにたじろいだ。


「え、ええと……研究所の保険でなんとかカバーを……いま経理に相談してるから……」


「他の罪も消えんぞ。だが安上り、考えなしの愚かな未熟者AIのために、長期社会奉仕制度という救済措置がある。この件が片付いた後それに従事するというのであれば、仮釈放してやってもいい」

 

 今度はソウスケが警戒する番だ。


「な、なんじゃその長期社会奉仕制度とは……」


「貴様に許された応答はイエスかノーだ。どうする?」

 

 ソウスケは口をひん曲げたが、選択肢などないのは明白だ。


「分かった。イエスだ」


「では、後でマスターにサインをしてもらっておく」

 

 アルビーは上機嫌に言った。


「よ、よーしひとまず丸く収まったところで、皆ちょっと大会議室に来てくれ。緊急のミーティングを始めるから」

 

 遊馬の呼びかけで、研究員と人工知能搭載人型ヒューマノイドたちはぞろぞろとミーティングルームから出て行った。楓花とソウスケだけが残り、少し重苦しい沈黙に包まれる。


「……あ、あの、楓花……さっきのは勢いで……わし、あの、世界も大事にするし……環境にも優しくするから……」

 

 謎めいた言い訳が口から飛び出してくる。黙ったままの楓花に目を向けると、彼女の顔が少し赤くなっているのが見えた。


「――楓花?」


「え?あ、ああ、うん。ええと、うん。あの、世界と、環境と、あと、公共の福祉も大事にしてください……」

 

 楓花がもごもごと答えた。


「い、行こう。ソウスケ。大会議室、行こう」


「う、うむ。――大丈夫か楓花?そなた表面温度が上がって……顔も赤いし……もしかして風邪?」


「いや、あの……これは……」

 

 楓花は両手で顔を覆うと、盛大な溜息を吐いた。


「ダメだ……うう……この現象に関して、言語化はちょっと無理……」

 

 マスターの心境を察することができず、ソウスケは情けなくおろおろするばかりだった。

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