再戦

 楓花が体を起こして振り向くと、電子バイクにまたがったソウスケがライフルを構えているのが見えた。


 ソウスケは武器を携帯していた。細長い銃身の電子ライフルだけでなく、腰のホルダーには、治安維持部隊が装着していたような電子小銃が二丁、そして電子光剣を起動させるための細長い筒状の柄を差している。服装は、いつものソウスケらしいユニブルーのラフなTシャツと、紺のジャケット、ベージュのチノパン、スニーカーというノーマルスタイルなのに。


 アンバランスなのだ。外見と武装姿が。それでひどく不安になる。


 一瞬、彼と視線が交わった。


 二発目。


 楓花はエクトルの頭部を抱えたまま、低い姿勢で地面の上を転がり、弾道上から体の位置をずらした。それを確認したソウスケが再びE2に向かって発砲する。E2は右手に持ち替えた電子光剣で電子ライフルの銃弾を弾いた。公共アンドロイド体回路の悲鳴が聞こえそうなほどの、驚異的な反応速度。


 パートナーAIはバイクで公園を突っ切った。E2との距離を詰めながら、今度は左手で握った小銃の引き金に指をかける。

 

 E2はソウスケにかまわず、起き上がって退避エリアから離れようとしていた楓花との間合いをすばやく詰めた。E2が伸ばした左腕に右腕を強く掴まれる。


 その硬質さに背筋がひやりとした――瞬間、頭上に影が落ちる。


 バイクを乗り捨てたソウスケが跳躍していた。持ち替えた電子光剣を振り被り、落下スピードと共に一閃させる。楓花の右腕からE2の手が離れた。


 E2の左腕は、ソウスケが振り下ろした剣によって肩の付け根から切断されていた。

 

 着地した本物のソウスケは素早く楓花を背後に庇い、相手を牽制するため剣先をピタリとソウスケ姿のE2に据えた。


「……わしのマスターに……よくもこんな真似を……」

 

 高熱の回路から吐き出すような、怒気のこもった口調。


「絶対に許さぬ!」

 

 ソウスケは恐ろしいスピードでE2に電子光剣を繰り出した。青い剣筋が残光を引く。E2は残った右手で剣を握り、後退しながらソウスケの攻撃を凌いでいる。


 あのとき――第五新興区で初めてE2と遭遇したときとは状況が一変していた。完全な、形勢逆転。


 ソウスケが早い。電子光剣使いのスキルをメインに搭載しているのだと思うが、剣技の冴えが違う。どんなプログラムの剣技を起動させているのか判然としないが、素早い上段突きと、下から斬りあげるような斬撃、それに体を反転させて回転力を利用した横から薙ぐような一閃――見たこともない。こんな風にアンドロイドを酷使するパートナAIの姿は、これまで一度も。


 ソウスケの怒涛の剣技に防戦一方だったE2がついにバランスを崩した。パートナーAIは躊躇しなかった。腰のホルダーに引っ掛けていた小銃を左手で引き抜き、容赦なくE2の口に銃口を突っ込んで連射する。


 ボディ内部が電子銃によって被弾した直後、E2が操作する人工知能搭載人型ヒューマノイドが痙攣した。装甲に纏っていたARが剥がれ、楓花の目に亜麻色髪の温和な顔つきのアンドロイドが目に映る――そのボディが、地面に仰向けに崩れ落ちた。


 ソウスケは止まらなかった。E2のコアプログラムを完全に〈破壊〉するため、横たわるアンドロイドの胸に電子光剣を垂直に突き立てる。


 その瞬間、システムがダウンするときの短い消失音と共に、E2の機能が停止した。


 両手で握った電子光剣にすがるように、がっくりと地面に膝をつくパートナーAI。


「ソウスケ……!」

 

 駆け寄ろうとするマスターの声に反応し、ソウスケは剣から手を離した。すぐに立ち上がって振り向く。彼の表情は形容しがたいもので――呆然としたような、いまにも泣き出しそうな――その顔に楓花の胸も締め付けられた。


 楓花はエクトルの頭をそっと地面に置いて、ゆっくりとソウスケに近づいた。ソウスケは電子光を宿す双眸に楓花を映し、おもむろに両腕を広げた。楓花はその腕の中に飛びこんだ。ソウスケがぎゅっと抱きしめてくる。楓花もしがみつくように彼の服を握った。


「楓花ぁ……!」


「ソウスケ……ごめん。ごめんね。心配かけたよね……」


「おかしくなるかと思った……途中でボディと回路がバラバラになりそうで……」

 

 まだ回路が高速で回転しているらしく、ソウスケのボディは熱い。


「とにかく、とにかく早く楓花の元へと……遅くなってすまぬ。何も、どこにもケガは……」


「大丈夫。私は大丈夫だよ。でも、エクトルが……エクトルがE2に……」


「エクトルは大丈夫だ、楓花。研究所にバックアップがある。新しいコアにインストールすれば、必ず復元できる……いや、復元させてみせる……エクトルはやられる前に、交戦で収集したE2の情報をわしに転送してくれたのだ。それでE2攻略の戦略が練れて、停止に追い込むことができた……でも、楓花。頼む。AIのことはいい。AIは修理できる。それより、どうか、自分のことを心配してくれ。そなたは人間で、この世界にたった一人しか……」

 

 ソウスケの強い抱擁に、息が止まりそうだった。楓花は小さな声でつぶやく。


「ごめん。本当に。私の判断ミスで……」


「違う、楓花のせいではない。楓花が悪いのではない。そうじゃなくて、わしが言いたいのは……ええと……うー……言葉が出てこぬ……代わりに煙が出そう……」


「け、煙ってあの……うっ……ちょっと苦し……」


「うう……思考がうまく回らぬ……熱いし……なんだか熱い……」


「ちょ、苦しい……ソウスケ……苦し……」


「うう……確かに、熱いというより耐圧系トラブルのような……苦しい?お、おわわ、すまぬ!」

 

 ソウスケは慌てて抱擁を解いた。


「ごめん楓花……ああどうしよう……わしどうすれば……ああああいかん!E2の自爆装置が暴発するかも!わしとしたことが―――っ!楓花退避!退避だ――っ!」

 

 混乱ぎみの人工知能搭載人型ヒューマノイドに腕を引かれ、楓花は引きずられるようにしてE2から離れた。が、ソウスケはピタリと足を止めた。


「い、いや……自爆はしないのだ……」


「自爆はしない?」


「そうだ……しない……なぜならやつは……」

 

 ソウスケは唸りながら目を閉じた。


「退避エリアが作動しないと認識していたにも関わらず、やつは自爆せずに楓花に銃を向けたからだ。そうだ、あの銃……あれは銃ではなくて、小型の麻酔銃だった」

 

 楓花ははっとした。あのときは動揺で判断がつかなかったが、銃身がやたら細い、変わった銃だった。


「麻酔……ど、毒薬とか……?」


「中身を確認せねば。楓花はここで。わしが確認を――い、いや待て。待て待て待て油断するな。まずは退避エリアの機能を早急に復活させねば。そなたをそこへ退避させてから、わしが現場検証を……いやその前に、もう夕方だし、そなたは人間だから夕食をチャージしないと……ああでも買い物してない!買い物忘れた!研究所の冷蔵庫に補給しようと思ってたのに!わしは日常生活サポート用AIなのに……なんっにもサポートできておらぬ!わしは一体、わしは一体何をしておるのだ――っ!」

 

 頭を抱えて再びがくりと崩れ落ちるソウスケを見て、楓花も慌てた。


「ソ、ソウスケ、大丈夫だから、落ち着いて……」


「どうしよう楓花。どうして……記録領域の一部に破損を確認……調理記録が……データが何一つ残ってない……フライパンを操るための動作とか、隠し味を入れるタイミングとか、いまネット経由じゃないと何にも分からぬ。これまで蓄積した料理ノウハウをすべて失っておる。これでは調理専門ロボットが作る料理に勝てぬ……」


「あ、それはあのとき、ほら、容量の空きを増やそうと思って、全部外部ストレージに移行したから……」


「そ、そうか!ではノウハウは再インストールできる?」


「できるできる。大丈夫だから」


「うわああ良かったぁ……楓花ぁ……ああ楓花……懺悔をさせてくれ……色々思い出してしまった。わしはこの短時間に、わりとけっこうな罪を重ねてしまったように思う……」


「え、えっと?」


「うう……電子バイクに銃に剣に……緊急性があったとはいえさすがにまずいぞ……よし、まずは落ち着いて人工島から脱出しよう。本土に戻ってから考えれば良い。電子マネーもあるし当面の生活は……そういや楓花、そなた昔、火星に行ってみたいと言っておったな?」


「ソウスケくん……一体何が……?」


「そうだそうだ、いまこそ楓花の夢の一つを叶えてやらんとな!うんうん!そうしよう!まずは宇宙船を準備して……む、でも食料をどうやって確保すれば良いのか……あ、そうか宇宙船内で栽培できる農作物の品種改良から始めて……」

 

 ぶつぶつつぶやき始めるソウスケの向こう側から、警備車両のサイレンの音が近づいてきた。治安維持部隊が使用する装甲車が公園前に停車する。


「あ……もう来てしまったか……楓花、わしはわしがしてきたことを後悔しておらぬ。だが……面会には来てほしいです」

 

 ソウスケが絶望的な表情でつぶやいた。



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