誘導
「ソウスケ!ソウスケ!」
楓花は公園を走って横切りながら、左手首に装着した小型端末に呼びかけた。しかし、パートナーAIからの返答はない。
退避エリアは目前だった。シェルターの装置は直径二メートルほどの円形で、起動用スイッチは中央に設置されている。楓花はエクトルの頭部を抱えながら退避エリアに飛びこみ、しゃがみこんで電磁波起動スイッチを押した。
しかし、電磁シェルターが退避エリアを覆う気配はない。
背後からは、AR機能でソウスケの姿に擬態するE2が悠然と歩み寄って来る。
もしかすると――バーチャルE2にここまで誘導されたのかもしれない。
確か、この退避エリアのシステムを管理するのも中央管理局の交通課だった。バーチャルE2があらかじめ、標的が経由しそうなルート周辺の電磁シェルターをダウンさせていたのだとしたら。
人工島のAIは、ミッション遂行時にペアを組む。アンドロイドを操作し、現実で活動する者。仮想空間から支援を行う者。任務遂行者がME、任務補佐がMA。
初め、リアルに出現してバイクで追走してきたのが今回のMEだと思っていた。標的を仕留める者――けど今になって思う。リアルE2は武器で攻撃もして来なかった。仕留めるつもりなら、バイクで追い越し、窓の外から銃を放つことだってできたはず。
それをしなかったのは、リアルE2が補佐で、囮だったからではないだろうか。本当はバーチャルE2が遂行者だった。標的を仕留めるために、標的のパートナーAIを仮想空間におびき寄せた。そしてリアルでの合流を遅らせるために足止めし――その間に標的を確実に追い詰める下準備を行っていた。
いま確信に満ちた足取りで近づいてくるのは、バーチャルE2――真のMEで、公共の
楓花は退避エリアに力なく座りこんだ。幸い公園にいる人間の数は少ない。木陰のベンチに座っているビジネスマンは、退避エリアから五メートル以上離れている。
もしE2が自爆したとしても、その余波に巻き込まれることはないはずだ。
それに、他の人々の目には接近してくるE2の姿が警官に見えている。頼れる警官が巡回中なのに、座り込む楓花に近づいてわざわざ声をかけようとする者もいないだろう。
最期まで抗おうとしなかったことに、ソウスケは怒るだろうか。楓花はのろのろと左手首を持ち上げ、小型端末でソウスケに音声メッセージを送付した。
「ご、ごめんね、ソウスケ……エクトルも……」
声が震える。しっかりしないと。ああでも、研究所から出るんじゃなかった。ソウスケを待っていれば良かった。でもそうしていたら、ソウスケが狙われたかもしれない。標的のパートナーAIとして、〈破壊〉の対象になっていたかもしれない。
録音は続いているのに言葉が出ない。向こうから返答がないだけで、こちらの声は届いているのだろうか。もし通話が繋がっていたらどうしただろう。ソウスケを呼んだだろうか。彼を自分の身替わりにして、危険な目に遭わせると分かっていながら。それがマスターのすることだろうか。一人じゃ何もできないのだろうか。
―ーできない。できないのだ。昔から、一人では何もできなかった。
だからソウスケが必要だった。だからソウスケを頼った。自分が無力で、能力に限界があると知っているから。
いつも傍にいてくれると約束してくれたから。
いつでも頼ってほしいと言ってくれたから。
ソウスケ姿のE2が眼前に立ちはだかっていた。そのまま、ポケットからやけに小型の拳銃を取り出して銃口をピタリとこちらに向ける。大好きなソウスケの顔で、口の端を少し上げながら。
ピコン、と電子端末にメッセージが届く音がして、楓花は反射的に視線を落とした。
《伏せて》
エクトルの頭をぎゅっと抱きしめ、背中を丸めながら頭を下げる。
すぐさま一発の銃声――楓花の背後、少し離れた場所から。
電流を帯びた銃弾が眼前のE2が握っていた小銃に命中し、武器を〈不能〉化した。
直後、銃声が飛んだ方向からたたましいバイクのエンジン音が轟いた。
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