謎のIAI
仮想空間、対バーチャルE2戦においてソウスケが同時進行すべきことは三つ。
一つ。楓花とエクトルが乗っている電子自動車のシステム保護。
二つ。交通管理課システムを暫定支配しているバーチャルE2への妨害作業。
三つ。リアルE2が操作する電子バイクシステムへの攻撃。
それから――引き続き、リアル側のソウスケのアンドロイドを操作し、一刻も早く楓花たちと合流させなければならない。
ソウスケはあらかじめ作成しておいた自作のコンピュータウイルスを起動させた。先ほど交通課のIAIとメッセージをやり取りした際、そのメールの一つに紛れ込ませていたのだ。トロイの木馬タイプのもので、表向きは交通課が使用しているウイルススキャン用ソフトウェアに似せている。だが起動させれば、ソウスケが記憶させたE2のプログラム特徴を追って対象に〈
もう一つのウイルス、複数のランサムウェアは交通課のシステムそのものに向けて放った。感染すれば三十分程度機能ロックがかかり、E2によるシステム操作を無効化できる。だが、ランサムウェアはIAIにもセキュリティシステムにも見破られやすい。偽装しているとはいえ、システムに影響を与える前にすべて排除される可能性もある。
間接攻撃を仕掛けている最中、ソウスケのセンサーが得体の知れないプログラムを感知した。素早く〈
ソウスケは
《ソウスケ!いま、ゲートを通過したよ!》
楓花の声が聴覚領域を震わせた。
《了解だ!そのまま指定したルートを進んでくれ!》
ソウスケは応答しながら、リアルE2が操作する電子バイクのシステムへ攻撃を仕掛けた。
電力値の消耗が激しいが、電子バイクの機能保護を司るファイアウォールごと破るために電導士の大技〈
バイクの電子システムが発火すれば、リアルE2は足を失ったも同然――しかし、〈
ソウスケの
《くそっ……足止めできなかったか》
だが
《楓花、そなたもしや……》
《うん。ソウスケにいま必要のないデータを、こっち側から外部ストレージに移行してる。空き容量が増えれば、処理スピードが少しは上がるはずだよ》
それはさながら、プログラム処理速度を支援する
リアル側からのマスターのアシストに、パートナーAIの思考回路が温まった。仮想空間でソウスケはたった一体のMAだが、そのMAを他ならぬ楓花が援護してくれる。
《ありがとう、楓花。そなたのバックアップが心強い》
《こんなことしかできないけど、ソウスケ――危なかったらすぐに離脱して》
《了解。無茶はせぬ》
だが、マスターに危険が及ぶくらいなら――。
ソウスケがはっと振り向いたのと、仮想空間の無機質な灰色の地面を割って電流が飛び出したのはほぼ同時だった。ソウスケは素早く飛び退いたが、仮想体の右足はバーチャルE2が放った〈
《くっ……》
《ソウスケ!大丈夫!?》
《うっ……ちょっとまずい》
この好機をバーチャルE2が逃すはずがない。
予想通り、バーチャルE2は楓花たちが乗る電子自動車を強制停止させるべく、次々とコンピュータウイルスを放ってきた。ソウスケはそれらを感知し、対応策を即時演算するも、回路麻痺の影響で〈
まずい。このままじゃ、突破されて――。
コアプログラム側の回路が機能麻痺に抗って、オーバーヒート気味になった瞬間だった。
ソウスケの仮想体の横を通過したウイルスが突然真っ二つに分断され、数字と文字列をまき散らしながら次々と破砕していった。鋭利な電子光剣にプログラムごと一刀両断されたような消滅の仕方――ソウスケは地面にうずくまりながら、顔だけ上げる。
すぐ傍だ。手を伸ばせば届く距離。
何か、いる。
視認できないだけで靄がかかっているわけでもない。仮想空間の環境システムに寸分違わず馴染んでいるのか、何か特殊な隠れスキルでも使用しているのか。
それでも、感知対象はIAIだという気がした。
《誰だ……?》
《――二〇四〇年以降に製造された小型電子端末には気をつけよ、若いの》
張りがあって太く、凛とした声。
《
ソウスケに対象コードが転送されるが、送り主は不明のままだ。
《ちょ、ちょっと待て……そなた何者だ?敵か?味方か?》
《汝にとっては何者でもない。だが、汝と遭遇したのも何かの縁。一度だけ情けをかけてやろう》
相手は淡々と言い放った。直後、機能麻痺を起こしていた一部のコアプログラムの復旧が確認できた。ソウスケは唖然としながら立ち上がった。
《な、なん……一体どうやって……》
《人工知能は進化を求められている。だが、応えるかどうかはプログラム自身で決めよ》
《それはどういう……》
だが、ソウスケが呼びかけたときにはすでに、そのIAIらしい個体の気配は消失していた。
《うっ、まさか……うわさに聞く仮想空間の亡霊的な……?》
《言い忘れていたが》
《おわあああどっから声かけてんじゃびっくりするだろうが!》
《電力値が尽きかけている。どこかで充電したほうがいいぞ》
《えっ、あっ、本当だ危なっ!教えてくれてありがとうってかちょっと待てそなた!敵でも味方でもないなら三分だけわしの即席マブダチになって手を貸して!》
《――そんな申し出聞いたことないが》
《わしだって初めて言ったよこんなセリフ!とにかくそなた、ものすごいAIの匂いがプンプンする!頼むから手を貸してえ!わしが指定する電子バイクをその謎スキルで木っ端微塵にしてくれ!》
《汝はマブダチに凶悪犯罪を頼むのか》
《協力を仰いでおるだけだ!本当に凶悪なのはE2っていう不正プログラムのほうで……そいつが乗るバイクを機能停止にすりゃ、わしら犯罪者どころか英雄だぞ。やろうよやろうよ~》
《……おかしなプログラムだな、汝は。まるで救いようのない見下げ果てた人間のような思考回路を形成している》
《ふふん、そうであろう……って、いま九割型貶められたような……》
《これを使え。対象を減速させるくらいはできるだろう》
その言葉を最後に、IAIの気配は完全に消えた。ソウスケの手には、見たこともない暗号コードで形成された〈電子データ爆弾〉が残された。
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