コアなし仮想体

 人工島中央管理局とは、本土でいうところの〈政府〉にあたる機関だ。その中の交通管理課は〈国土交通省〉のようなもの――管理局からの指示があれば、道路の拡張工事も、ハイウェイのゲート封鎖も、地下への緊急避難経路誘導も行う。

 

 新型人工島仮想空間、特徴的な幾何学領域内に再び降り立ったソウスケは、遠隔操作で自身のプログラムの一部を作動させ中央管理局のシステム解析を開始した。が、こりゃいかん、と諦めの境地に達するまで十秒もかからない。


 さすがに孤島の〈政府〉だけあって、おっそろしいセキュリティ完備である。おまけに不法侵入プログラムを排除するためのIAIの数は千を超えている。たとえ解析士の機能向上系バフをかけまくっても、ソウスケは一分足らずで跡形もなく完全排除されるだろう。

 

 だが、目的は管理局システムへの侵入ではない。交通課所属職員のIDコードを盗み、システムをいじって〈標的〉の逃亡ルートを狭めようとするバーチャルE2の排除だ。何も管理局中枢から押し入ることはない。ただE2と同じように交通課のシステムに侵入し、ハイウェイを敵の支配下から解放するには認証コードが必要だ。そしてコードはハッキングして盗むしかない。

 

 やればできるだろう。が、時間がない。E2はリアルにも存在しアンドロイドを操作して楓花を狙っている。自爆装置を搭載している可能性を考慮すると、マスターへの接触はもちろん、接近も阻止せねばならない。


 それに、敵は二体。それぞれがコアプログラムを持っている完全自律型で、処理スピードは他AIを上回る。

 

 仮想空間に飛ばしているソウスケのプログラムは現在〈コアなし〉の状態だ。コアプログラムはアンドロイド側にある。そのアンドロイドは、あらゆる手段を駆使して最速で楓花たちと合流すべく動いている。


 AIがコアプログラムごと仮想体を形成してバーチャル移行する場合、能力値と構成値に見合った最大限の性能を発揮できる。が、〈コアなし〉状態だと能力は半分以下、いやもっと低下するかもしれない。


 コアプログラムは、コンピュータでいうところのCPU――セントラルプロセッシングユニット――としての役割も果たしている。AIの実行処理の根幹を成す〈入力〉、〈演算〉、〈出力〉を処理する領域。コアプログラムなしだと、CPUと処理回路がリアルタイムで連動しないのだ。そうするとすべての実行処理に致命的な遅れが生じる。


 例えば仮想体のスキルが互いに電導士エレクタラーで、同じ〈強制麻痺パラライズ〉を放っても、遠隔操作だと技の発生にタイムラグが起こる。E2とはコアプログラムを実装した状態で、かつ全力でやりあっても能力値で劣るかもしれないのに、よもやコアなし状態で挑むなど愚の骨頂だ。


 しかし、リアルにE2が出現している以上、ボディを置き去りしてコアプログラムごと仮想空間への移行は不可能。現状、三次元での交戦は不可避だ。そして仮想側のE2を食い止めておかなければ、戦況は不利になる――それでソウスケは、一部プログラムによる遠隔支援という手段しかとれない。


 ピコン、と一通のDMがソウスケに届いた。


《先生が、ソウスケくんはどこに行ったんですか、って》

 

 サナからだった。緊張感が削がれる内容――そういえば午後の授業はもう始まっている。ソウスケはマスターのGPSが感知できなくなるや否や、アカデミーを飛び出したのだった。

 

 確か事前申告なしの遅刻早退欠席はアカデミーの内申にめちゃくちゃ影響するとかしないとか。


 それがどうした。どうでもいい。そんな状況じゃない。


――が、入学五日目にして不良AIなどと、不名誉なレッテルを貼られてはマスターに申し訳が立たない。


《平衡機能の乱れ等、回路不具合発生のため緊急早退した、と伝えておいてくれ》

 

 サナから《OK》の返事をもらった直後、武装型から通信が入った。


《お前が送ってよこしたフルフェイス姿の人工知能搭載人型ヒューマノイドの写真だが、それをE2だと証明する証拠がないと治安維持部隊は出動できない》

 

 そりゃもっともだ、という妙な納得感と、これだから頭のくそ固い役所勤めはぁぁぁ!という歯痒さがせめぎ合う。ソウスケは即返信した。


《第三新興区の東ハイウェイ緊急メンテによるゲート封鎖。交通課のシステムにウイルスを送り込んだのはE2だ。交通課所属職員のIDコードも盗まれてるぞ。さっさと調べてみよ!ってか、システム侵入してる不正プログラムのアルゴリズムをスキャンして送ったらあ!》

 

 半ばやけくそなメッセージを発信しつつ、せめて仮想空間に味方が欲しいと強く思った。サナでも、ドロシーでも、この際武装型でも――だが、E2は〈乗っ取り〉に長けている。


 ソウスケは楯井システムを実装しているのでコアプログラムに侵入される危険性は低い。が、アカデミーAIや他のAIは違う。一度でも〈乗っ取り〉を受けてしまうと、人格が破壊される恐れもある。この状況では迂闊に援護を頼めない。

 

 そうこうしていたら、ソウスケのコアなし仮想体が交通管理課のシステムへと辿りついた。


 仮想空間で可視化されている交通管理課システムはボックス型の迷宮だった。外壁には複数の両開き扉が設置され、周辺は大小様々な立方体データが山積みになり、ある程度の高さまで積まれると消失している。上空では相変わらず流れ星のようなネットワーク筋が飛び交っていて、無音なのに賑やかしい。


 簡易スキャン結果が示すように、ボックス型迷宮の外壁扉はいずれもダミーの入り口だった。不正プログラムを始末するための罠が山ほど仕掛けられているので、触れるのもためらう。下手に仕掛ければ交通課のセキュリティシステムに感知されて不利になる。処理スピードがめっぽう遅い今の状態では、簡易セキュリティ突破にも手こずるだろう。

 

 ならば、間接攻撃によるバーチャルE2の妨害か、交通課セキュリティシステムにアラートを送り、バーチャルE2を排除してもらうか。

 

 ソウスケは後者を選択した。あえて身元を明かし、信用できる情報源だと認識させてから職員ID盗用の警告を発信。セキュリティ管理を務めるIAIからの応答は早かった。


《調査を開始します》


《判明するまでどれくらいかかる?》


《四十分ほどあれば》

 

 ダメだ。遅すぎる。ソウスケはすぐに間接攻撃への移行を決めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る