AIたちの昼休憩

「……人工知能に昼休憩が必要か?それも四十五分も」

 

 AIアカデミーの中庭、人工芝の上に足を投げ出して座っていたソウスケがぼやいた。


 マーズレイのフリー充電スポットとなっているこのエリアは、他の人工知能搭載人型ヒューマノイドにも人気の休憩場所だが〈取り合い〉という現象は発生しない。充電スポットは約25㎡ほどで、誰もがだいたい十分程度で移動していくので回転率が良いことと、AI同士の衝突はアカデミーでは厳罰対象なので、険悪な雰囲気になる前に退く、という体制が徹底しているのだ。


「私たちにというか、管理者側に必要なんじゃない?メンテとかで」

 

 サナはそう答えつつ、芝生の上に寝そべってMRを展開し、通販サイトで女性アンドロイド用の服をサーチングしている。


「わあ可愛い。ドロシー、この二十番どう思う?」


《春らしい花柄と、爽やかなブルーの組み合わせが素敵ですね》

 

 サナのMRにお呼ばれしているらしいドロシーが返答した。サナはよく他の人工知能搭載人型や、IAIを招いて一緒に過ごしている。能力値に左右されず、分け隔てなくAIに接する彼女は、AIアカデミーの人気者だ。こうした余暇を楽しむことができるのも、彼女の〈個〉の一つで、素質なのだろう。

 

 しかし。ソウスケは嘆息した。


「昼休憩の時間をつくるくらいなら、授業を倍速で進めてほしい。そしたら午前中で終わって午後は楓花とずっと一緒にいられるのに」


「ソウスケってガチでマスター至上主義なのね。あ、今日の電子お弁当は?」


 と身を乗り出すように、人気者のサナが昼休憩にソウスケに近づく理由の一つがそれだ。


「今日はのう、なんとなんとのオムライス~」

 

 ソウスケはにこにこしながらMRを起動させた。


「昨日のチャーハンも最高に旨かったが、今日はまさかのオムレツ、ケチャップご飯の数値化とは……わしのマスター半端ない。そなたらにもコピーして送信しておくぞ」


「やったあ待ってました!楓花さんのお弁当大好き!」


《わわっ、今日もよろしいんですか?》


「うむ。ぜひ感想を教えてくれ。楓花もきっと喜ぶよ」


《嬉しいです!ありがとうございます!》

 

 三体のAIたちは、しばし数値化された〈味データ〉を堪能した。卵のふわふわな触感、トマトケチャップを混ぜ込んだ柔らかいご飯、それに温度も出来立てのままをデータに落としているので、味覚領域に触れるときは温かい。


「はあ……楓花の電子お弁当のおかげで、わしは昼休憩サヴァイヴできるのじゃ……」


「ん――!美味しい!こんなデータをわざわざ作ってくれるんだもん、ソウスケ幸せ者だね」


《すっごくすっごく美味しいです!良いなあ。私もマスターが欲しいなあ》


「そうであろう、そうであろう」

 

 マスターを賞賛してくる二体の言葉に、ソウスケはまんざらでもない。


「ごちそうさまでした」


《ごちそうさまです。今日もありがとうございました。とっても美味しかったです》

 

 サナは人間のように手を合わせ、ドロシーは仮想空間からお礼を伝えた。ソウスケはドロシーから楓花に宛てた電子メッセージも受け取った。今日は金曜日だ。仕事終わりのAI好きマスターへ贈る、最高のプレゼントになるだろう。

 

 サナが突然、明るい瞳をきらっと輝かせた。


「ねえねえ、ちょっと気になったんだけど、ソウスケって楓花さんと一線超えてるの?」


「なんじゃその、一線って」


「ええと、一線っていうのは、対人コミュニケーションにおいて通常段階がありまして――」


《サナさんダメ――っ!ダメです!》

 

 乱入してきたのはドロシーだ。


《ダメなんです、サナさん!ソウスケさんはあの、聖域出身の方で……!》


「えっ、そうなの?聖域なの?あちゃー珍しいタイプだとは思ってたけども」


《だからその、その辺りは慎重に開拓していかないと回路に影響があるとかないとか……》


「なるほど了解したわ。大丈夫。私、その辺りは得意分野だから」


「なんなのだ、こそこそと……」


「ゴホン」

 

 サナはわざとらしく咳き込んだ。ソウスケもたまに実行する〈ごまかし〉の〈出力アウトプット〉ではあるが、こうして他の個体がやるのを目にすると本当に嘘くさい。人間ならともかく、AIは呼吸を必要としない。


「ねえソウスケ。ぶっちゃけ楓花さんって彼氏いるの?」


「はい?」


《サナさ―――――ん!》


「ごめんドロシー。でも私、他個体の恋バナとかめっちゃ好きなの」

 

 何故か絶叫するドロシーと、あっけらかんとしているサナ。ソウスケは疑問符を浮かべつつ答えた。


「彼氏とは、人間の女性にとっていわゆる〈恋人〉の位置に居座る者のことで間違いないか?」


「間違いないよ」


「ならば、おらん。楓花に彼氏はおらん」


「楓花さん、気になってる人はいないの?」


「楓花はあまり人間の男には興味ないし……いないのでは?」

 

 サナはいたずらっぽい顔つきになった。


「もしいたらどうする?」


「もしいたら、まずわしに話してくれるはず」


「ほほお。で、楓花さんがもし気になる人ができて、ソウスケに相談してきたら?ソウスケはどうするの?」


「どうするって……そりゃ、楓花の望みを訊くよ。わしは楓花のために、楓花が望むことを実行する」


「なるほど。ソウスケは、楓花さんに〈恋人〉ができてもかまわない、と」


「楓花に、〈恋人〉……人間の?」


「まあ、この話の流れだと」


「楓花に恋人……」

 

 人間の、恋人。

 

 べつに不思議な現象ではない。


 人間は誰かを好きになる生き物だ。脳の働きか、ホルモンの作用か、詳しいことは完全には解明されていないが。自分とは違う別の誰かを好きになり、恋をし、その恋が成就すれば結婚し、ゆくゆくは子を成す。そうして子孫を反映する社会的な生き物だ。


 どの小説にも、どの物語にも、どの映画にも、〈恋愛〉は絡んでくる。


 別におかしな事象ではない。

 

 だが。


 なぜだろう。しっくりこない。むしろ、回路が変にピリピリする。

 

 楓花に恋人。人間の。


「うーん。う――――――ん」


「あらやだおもしろい。見てよドロシー。煙吹きだすかもよ」


《サナさん!》


「これはドロシーも参入する隙があるんじゃないのぉ?」


《さ、サナさあん!?》


「いいなあ皆楽しそうで。私も恋がしたいなあ」

 

 女性思考型AIたちの会話は、しかしソウスケの聴覚領域には届かない。


 ソウスケは回路を脅かす謎の不定期な低電流現象に思考を悩ませた。本当に不具合かもしれない。もしそうなら、技術部の復旧室入りとなり楓花と接触及び会話が不可能に……。


「……ん?」

 

 ソウスケの感知領域が、マスターの不意の移動を知らせた。楓花が持っている小型端末のGPSが、突然AIRDIアイルディの研究施設を離れたのだ。


「今日、外出の予定があったか……?」

 

 ソウスケはすぐさま、マスターにDMを送信した。

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