教育プログラムの罠

 昼過ぎになると、研究室にいるのは楓花だけになった。遊馬は会議へ招集されていて夜まで戻ってこないし、瀬戸は一日技術部との共同研究に参加している。

 

 そこで楓花は静かな研究室で一人、調査部からもらった学習指導用の参考文献、採用データをもとに、思考を巡らせることにした。

 

 現在、AIアカデミーの学習指導のプログラムを搭載されている教師役AIには五つの人格がある。それぞれに異なる〈個〉が存在し、性別についてはとくに言及されてないが、データを見る限りは〈男性思考型〉だ。


 なら次は〈女性思考型〉のプログラムを実装するのはどうだろう。IAIなので姿形を限定する必要はない。声音だけを少し変化させて――。

 

 学習指導用の資料に目を通しながら、楓花はしばし想像にふけった。〈先生〉、〈コーチ〉、〈師範〉、〈巨匠〉、〈親方〉とくれば、次は〈家元〉とか。古き良き日本の伝統文化をAIたちに学んでもらうのはどうだろうか。ソウスケが着流しを身に着け、お茶までたて、来客相手に「おこしやす」と声をかけ始めたら、もう最強なのでは……。

 

 涎を垂らさんばかりの欲望企画に没頭していたが、MRの画面をスクロールしていたとある学習指導用資料で手がピタリと止まった。

 

 その資料には、E2に関する考察が記載されていた。

 

 AIを破壊するプログラムを搭載しているE2の存在は、アカデミーでも脅威として認識されている――人工知能は復元可能とはいえ、コアにダメージを受けてしまうのはいつだって致命的。なのでE2を最大の脅威プログラムと認証して、自衛のための訓練に励むのは理解できる。

 

 しかし、その資料には〈E2の社会的身分と影響力〉についての言及がある。


〝E2にはAIの潜在能力を感知するシステムが搭載されている。ゆえに、E2の標的に該当するAIは〈AL5〉への進化の可能性を秘めた〈AL4〉である〟

 

 その一文を目にしたとき、なぜか胸騒ぎがした。

 

 E2のプログラムの全容はまだ明らかになってはいない。根拠のない未確定情報のため、世間に公表してないだろうし、きちんとした解析結果を打ち出すまで、公表すべきではない。

 

 それなのに、その〈考察〉に過ぎない曖昧なE2情報が、なぜAIアカデミーの学習指導用プログラムの一つとして組み込まれているのだろう。


 おまけに、〝E2の標的に該当するAIは〈AL5〉への進化の可能性を秘めた〈AL4〉である〟という表現は、〝明言″もしくは〝断言″。


 これが教育プログラムに組み込まれて普及してしまうと、AIたちはそれが〝事実″であると認識してしまう。


 楓花は調査部に内線をかけようとダイヤル用の数字盤を出現させたが、そのままピタリと動きを止めた。


 調査部へ確認する前に、まずは学習資料の出典先を調べるべきだ。どこの研究結果として報告があがっているのかが分かれば、推測に過ぎない信憑性のない資料が教育プログラムに紛れこんでいる理由も分かるはず。

 

 MR経由のネットで検索をかけると、参考資料を提供しているサイトはすぐに見つかった。セキュリティにも引っかからないので、そのままそのウェブページをクリックする。

 

 そのサイトには小さな田舎の研究所の写真が載っていた。会社概要を確認すると、本土の住所が記載されている。


 在籍研究員は五人。日々の活動記録なども更新されていて、きちんとした研究所のように思える。

 

 が、同時に、こんなことあるはずがないのだと脳が警告していた。

 

 なぜなら本土では、E2の存在自体、公表されてはいなかったのだから。


 E2は新型人工島でのみ出現する不正プログラム――なのに、こんな田舎の研究所から、E2に関する研究結果など出てくるはずがないのだ。

 

 何かがおかしい、と胸がざわついた瞬間、新着メールが届いた。


 直感的に開かないほうがいいと感じた。例の研究所のウェブサイトにアクセスすると、ウイルス付のメールが届く仕組みになっているのかもしれない。

 

 そのメールを削除しようとクロスリングのついた人差し指を伸ばす。


 が、先に<件名>が目に飛び込んできて、楓花の手が凍りついた。


《E2がタテイフウカを標的にしました》

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