模擬訓練1
煙る、朝の市街地。
それが転送先の仮想空間だった。立ち並ぶ高層ビルと、狭い歩道をせわしなく行き交う人々、時折嗅覚領域に触れるコーヒーと新聞の香り。四車線のハイウェイは渋滞していて、横入りする車両に対してクラクションの抗議があがる。灰色の空と湿り気を帯びた空気。
ソウスケはそのエリアの交差点に立っていた。仮想空間の人々はソウスケを〈個体〉として〈認識〉し、ぶつからないように体を斜めにして避けていく。ソウスケのことを人工知能だと〈認識〉しているかどうかは定かではない。
ピコン、というメール受信音が脳裏に響き、ソウスケは自分のステータス画面を開こうとした。しかし後ろからパタパタを駆けつけてきたドロシーに腕を引かれ、そのまま交差点を通過、路地裏へと連れ込まれる。
「ど、どうした?」
「模擬訓練とはいえ、ミッションが始まったときはまずは人目がつかない場所へ移動するのが基本です。対戦相手のスキルが狙撃手という可能性もありますので」
なるほど、とソウスケは頷いた。ドロシーは素早く自分のステータス画面を表示した。
「ミッションが始まるとこちらに課題が表示されます。今回私たちは、この市街地で二体の不正プログラムを発見し、周辺の人々を巻き込むことなく速やかに〈破壊〉しなければなりません」
「ほう、実戦めいておるのう。で、ここに表示されている対戦相手を〈未知の不正プログラム〉と仮定するわけだな?」
「そうです。今回はこの……うっ、よりにもよってハイネさんとサクヤさんか……ご存知のように、ハイネさんはAL4。サクヤさんは能力値別クラス、AL3―1に所属する優秀なIAIのAL3です……この二人は息の合った名物MEMAコンビでして、かなり強敵です。ちなみに向こうの画面にも同じミッションが表示されますので、ソウスケさんと私が相手だってことも向こうは把握しています」
「ふむ……」
ソウスケは対戦するAIの公開情報を〈読取〉し、記憶領域に取り込んだ。ミッションが始まると、AIが選択した仮想空間でのスキルが新たに追加表示される仕組みらしい。
ハイネのスキルは
AL3のIAI、サクヤのスキルは
選択されたスキルを鑑みると、この二人は守備重視ではなく、攻撃特化型の戦闘スタイルで挑むようだ。
「ん?IAIってことは、わしの中でサクヤはまだ実体がない……霧がかった仮想体を対象と認識すれば良いのか?」
「それも可能ですが、交戦前にソウスケさんの中で仮想体を形作ることを推奨します。でないと、接近戦の際どこに攻撃を仕掛ければいいのか把握しづらいと思いますので」
「なるほど」
外見的特徴をイメージするために、ソウスケはサクヤの公開情報に目を向ける。
サクヤ。男性型IAI。特技は〈不意打ち〉。趣味は〈ポーカー〉。好みのタイプは〈音声なしの自動販売機〉ということから、静かな湖面のようなイメージを抱かせるIAIだ。忍者を彷彿とさせる黒衣の衣装、表情の変化に乏しいクールな印象……。ソウスケの中で、仮想体のイメージが固まっていった。
「この二体は相性が良いコンビなのだったな?役割分担はいつも同じか?」
「はい。ハイネさんがME、サクヤさんがMAだと推測されます。両者とも攻撃系スキル持ちに分類されますので、相手の出方をじっくり伺うというよりは、不意打ち狙いの強襲をしかけてくる可能性が高いでしょう」
「ならばこちらは強襲に備えてカウンターを仕掛けよう」
「了解しました!作戦はどうしましょうか。ソウスケさんが電導士でME、私が解析士のMAとして、ソウスケさんをできるだけサポートする形で進めますか?」
「ん―――そうだのう。とりあえずはセオリー通りに進めて仮想戦の感覚を掴みたい。電導士の技もできるだけ試してみたいし……」
しかし、解析士にも攻撃用スキルがある。訓練の〈任務達成〉の条件が、不正プログラムの〈破壊〉であれば、これを利用しない手はない。
ソウスケは構築した作戦データをドロシーに転送した。
「こんな感じでどうだろう?」
「……えっと……こんな作戦は、初めてで……う、うまくできますでしょうか?」
「ま、試してみよう。状況によっては途中で変更する可能性もある。我儘を言わせてもらうかもしれぬが、よろしく頼む」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
ソウスケは頷いた。
「よし。では勝利を掴みにいくとするか」
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