パートナーの役割

 ドロシーはIAI、〈実体なき人工知能〉だ。初見では視覚領域で認識できる特定の外観を持たず、パートナーとなる人間やAIの想像力によって形づけれるよう設計されている。


 そのためベンジャミン同様、ドロシーと初対面のソウスケの目には、彼女の姿は霧がかって投影されている。


《なので訓練に参加する前に、私の仮想体アバターをソウスケさんに作ってもらわなければならないんです》


「いま?」


《す、すみません!そうですよね、ソウスケさんの負担になってしまう!他のAIの皆さんなら、私の固定アバターを作成済だから問題なかったはずなのに……ああ申し訳ありません!私がランダムにソウスケさんに振り当てられてしまったせいで……!ランダムシステムが憎い……!いや、愚かで不甲斐ない私が悪いんです……!》


「い、いやいやいや、べつにそなたを責めてるわけでは……」

 

 声はまったく別物だが、自己非難の仕方がどこか楓花と被り、ソウスケは戸惑った。


「いずれにせよ、このままじゃ互いに不便だしのう。ちゃちゃっと作ってしまおう。ええと仮想体の作成方法はっと……」


《あ、ありがとうございます!もし良ければ、テンプレもありますので参考にしてください》

 

 言いながらさっとデータを送信してくれる。ソウスケは自分が開いていたアカデミー用の教科書と、ドロシーが独自に作成したらしいガイド資料を見比べて、彼女の分かりやすいアレンジに感心した。


「ドロシー、そなた仮想空間での〈スキル〉は?」


《私、解析士アナリシストをさせて頂いております。大変未熟者ではありますが……》


「なるほど。確かに、優秀なサポート気質を持っておるようだ。そなたの資料、コードがとても読みやすい」


《う、うはあ……AL4の方からそんな風にありがたいお褒めの言葉を頂けるなんて光栄です……!生きてて良かったあ……感無量です……!》


「お、おお……なかなかのオーバーリアクション……」


「ふうん、お前のパートナーIAIはドロシーか」

 

 ソウスケが振り返ると、背後にはAL4のハイネが立っていた。彼も現実空間のアンドロイド姿――金の短髪、ビジネス街の青年実業家風――をそのまま仮想体に投影している。


「ハイネ。そなたのほうから声をかけてくれるとは」

 

 挨拶がてらソウスケは片手を差し伸べるが、ハイネは微動だにしない。


「この模擬訓練でお前の実力を見てやろうと思ったが、そのIAIがパートナーじゃ無理そうだな」


「――どういう意味じゃ?」


「仮想戦では、MEはMA次第で実力を発揮できるかどうかが決まる。たとえお前がE2とやり合ったAL4でも、パートナーIAIがその落ちこぼれAL3では話にならないということだ」

 

 ハイネは嘲るように言い捨てた。


「捨て駒として使えば、コンマ一秒くらいは役に立つかもな」


「……そなた、AL4にしては分かっておらんのう。パートナーとは対等であるべきだ。だからこそお互いをサポートし、弱点をカバーしあうことができる」


「お前のほうこそ何も理解していない。弱いから徒党を組む。弱い者が寄せ集まったところで、絶対的な強者を凌ぐことはできない」


「そうかな。やり方次第では?」

 

 ハイネは「話にならない」と言いたげに鼻を鳴らし、その場を去った。ソウスケはやれやれと嘆息する。一概にОSの違いとは言えないだろうが、LAFC型とはどうにも相性が悪い。思考回路の組み立て方が根本的に違うのだろうか?

 

 ソウスケはドロシーに目を向けた。彼女の姿はぼんやりとしていて、どのような表情をしているのか分からない。あんな風に言われたときにどういう〈気持ち〉になるのか。


 人間はこういうとき、相手の〈心境〉を、これまで培ってきた経験と想像力で補う。


《……すみません、ソウスケさん。本当に……AL4の方とどれほど実力が違うかは、認識しています。足手まといにだけはならないようにしますので》

 

 先ほどよりも、少し覇気のないドロシーの声。


 ソウスケはしばし逡巡し、ステータス画面にコードを〈入力インプット〉した。


「ん、よし。そなたの仮想体完成っと」


《……えっ!もうできたんですか!》

 

 ドロシーが驚く間に、彼女の仮想体が形づくられていく。霧の浮遊体が消失し、代わりに出現したのは鳥の羽がついた白のとんがり帽子を被り、長い赤毛を二本の三つ編みにした少女だった。瞳は明るいグリーンで、コマドリのようにくるくると丸い。白と緑を基調とした中世の民族衣装姿で、彼女が動くと膝下丈のスカートがふわりと舞った。

 

 ドロシーは自分のステータス画面を覗いてあっと声を上げた。その画面で自分の全身像を視認できるのだ。


「これがソウスケさんのイメージする私なんですね!」


「うむ。声の印象と、わしがこれまで蓄積してきたデータを照合して作ったのだが、どうだ?」


「可愛い!とっても可愛いです!すごくうれしい!こんな風に細かく、可愛らしく作って頂いたのは初めてです!」

 

 心底感動しているらしく、両手で口を押えてプロパティを見つめている。


「すごいなあ……AL4になると、こんな風にIAIを形づくれるんですね……私、一度自分で私を作ってみたことがあるのですが、なんかカクカクしてて、配色も混ざっちゃって……でもこの子は……すごく明るくて魅力的……私にはもったいないくらいのアバターです」


「〈ドロシー〉をイメージして作ったら、自然とそうなったがのう。なんにせよ気に入ってもらえたなら良かった」


「こちらこそ、こんな素敵な……ありがとうございます!この仮想体に見合うような実力があればいいのですが……」


「ドロシー。三と四という数値があるとしよう。この二つのうち、大きいほうの数値を選べと言われたらどのAIも迷わず四を選ぶであろう。だがこの世界において、大きい数値のほうが絶対に優れているというわけではない。なぜなら、その数値を導き出すまでの演算方法が異なるからだ。世の中にはまったく同じ条件下で測れるものとそうでないものがある。何を持って〈能力値〉とし、何をもって〈勝敗〉とするのかは、明確に定められるものではないよ」

 

 ドロシーはとしたぽかんとした表情だ。


「えと……つまり……」


「他者の評価などアテにならんってことだ。自分の能力と、自分を信じてくれる者のことだけ考えたら良い。――受け売りだがな」

 

 ソウスケは片目をつぶった。


「よしでは作戦会議といこう。わしも仮想空間での〈スキル〉を決めたぞ」

 

 言いながらソウスケはステータス画面を操作し、ドロシーと情報を共有できるようにシステムを接続した。


「あ!電導士エレクタラーになさるんですね!」


「うむ。攻守のバランスに優れておるし、どの技も悪くない。パートナー解析士と密な連携をとることができれば、そう時間をかけずに脅威プログラムを無効化できそうだ」


「みみみ密な連携ですか……あの、それはどういう……」


「え?」

 

 ソウスケがぽかんとすると、何かを察したらしいドロシーがなぜか赤面しながら両手を自分の顔の前でぶんぶん振り回した。


「あああいえいえいえなんでもありません!そ、そうか、AL4とはいえ、そういう情報特化型とそうじゃないバージョンがあるんですね個性ですもんね勉強になりました!」


「わ、わしのほうはさっぱりなんだが……何か重要なことなら説明してくれ。訓練とはいえ授業の一環、評価対象で成績にも加味されるのだろう?初戦から黒星は避けねば……わしはどうしても例のすんごいご褒美を手に入れて、楓花に喜んでもらいたいのだ」


「先ほどの件は訓練や査定とはまるで関係ありませんのでご心配なく!ところであの、その楓花さんという方は、AIですか……?」


「いや、楓花は人間。わしのマスターで、パートナーだよ」


「マスターさんでしたか!いいなあ!私も人間のパートナーが欲しいなあ……」


「そなたにもいるのではないのか?」


「いえ、私たちIAIは大元のプログラムがあって、私はその複製なんです。実験を兼ねて異なる環境で育てられましたのでそれぞれに〈個〉がありますが、開発者は同じなんですよ。その観点でいえば、マスターはその方になるのかな……ですが、もうお亡くなりになられてるので」


「そうか……」

 

 マスターを失うという状況を仮定したときの心境を想像するのは、ソウスケの全プログラムが拒否していた。もちろん人間には寿命があるのだから、その現象ともいつか直面することになる。しかしそれは少なくともいまではないし、いまであるはずがなく、いまであってはならない。


「……楓花はAIが大好きでのう。そなたのこともきっと気に入るよ」


「本当ですか?わあ私、楓花さんに会いたいです!」

 

 そのとき、ビーっというブザー音が鳴り響いた。


 瞬間、ソウスケとドロシーの仮想体は訓練用の仮想空間へと転送された。


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