人鳥姫

 昔むかしのお話です。海には人魚姫がいるように、空には人鳥姫がいたんですって。人鳥とは女面鳥身のことで、人の上半身に手が翼、鳥の足の半身半鳥の生き物でした。人鳥姫たちは雲よりもなお空高いところに住んでいたそうです。宙に浮く不思議な木々の中で暮らしていたのです。

 鳥にもいろいろな鳥がいるように、人鳥にもいろいろな者がおりました。体の大きさも、羽の色も様々です。人鳥姫は真っ白な羽を持っていました。空のように透きとおり、雲のように真っ白な羽は人鳥姫のお気に入りでした。太陽に透かしてみれば、キラキラと羽が輝き大層美しかったそうです。

 人鳥姫のお気に入りはもう一つありました。真っ白な羽と同じくらい、空が好きでした。特に日が暮れて夜の帳が降りてくる刹那の、青い空がとても好きでした。爽やかな水色から燃えるような赤、薄い桃色へと変化を遂げた後、静かに藍色へと染まっていくところを見たくて、城を抜け出してはよく、こっそりと雲の辺りまで下りて行っていました。

 ある日、人鳥姫が朝目覚めたときに、空の色が大変優しく見えたそうです。人鳥姫は嬉しくなって、秘密の場所へと出かけました。その場所からは陸地がハートの形に見えるので人鳥姫のお気に入りの場所でした。そして人鳥姫はその日初めて、雲よりも下の世界へと下りて行ったのです。

 空の世界にも木々はありましたが、森のようにたくさんの木はありません。当たり前のことですが、近づけば近づくほど広がる地上のあれこれに、人鳥姫の心はすっかり奪われてしまいました。その空気の暖かさや、物の香り、柔らかな風の通り方まで今までとは違って感じられました。地上にいる人々に気づかれないよう、雲に隠れながらも少しずつ高度を下げていく人鳥姫。真っ青な海を見たときは、揺れる波間を不思議に思いながらも、ここにも空があるのかしらと手を伸ばしその冷たさに驚いたそうです。

 時間を忘れて夢中になっていた人鳥姫ですが、気づけば太陽が赤く下りてきているところでした。

「いけない!みんな心配しているわ」

 そう思いながらも、いつも見ているよりも大きく見える太陽が海へと沈んでいくのをずっとずっと眺めていました。そうして空が夜へと変わるころ、人鳥姫さまはその翼を青く染めながら空へと帰っていきました。

 その日は大変叱られたそうですが、それからも時々地上へ来ては、こっそりと人々の暮らしを眺めていたんですって。人鳥姫が下りていくときに陽の光を受けてその羽が輝いているのを遠くから見た人が、その光を「天使のはしご」と呼ぶようになったのはまた別のお話し。

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