夕刻、稲荷神社にて

 パラパラと雨粒が音を立てて木の葉に弾けている。次第に日が傾いている中でこんもりとした大木の中ほどにある枝に身を預け、目を閉じている男がひとり。着物を身にまとっているが、男がいるのは着物では到底上って来れないような高さの枝。腰に狐面をつけた男は雨音に気づいたのかその眼をあけ、境内を見下ろした。

 今宵は夏祭り。眼下では祭りを待ちきれなかったのであろう子どもたちが、屋台の準備をする人々の合間を縫うように、雨宿りする場所を探して右往左往している。

「ほう」

 男が小さく呟く。

「このままでは祭りが台無しになってしまうかもしれんのう」

 そう言うと静かに枝から飛び降りた。その身のこなしは軽く、地に足がついたときでさえカサリと少し木の葉の音がしただけである。

 地面に降り立った男は慣れた手つきで優しく大樹を一撫でする。すると大樹の根元に色とりどりの風車を並べた出店が現れた。カラカラと回る風車が呼び寄せたのか、先ほど雨宿りの場所を探していた子どもたちがこちらに駆けてくる。

「わぁー!きれいー!」

 小学生の低学年から高学年までであろう子どもたちが全部で8人。口々に風車への感嘆を漏らしながら木陰へ寄り添って雨をしのいでいた。祭りということで気分が高揚しているのか、それとも元からのものなのか、若干怪しげである男の風貌にも警戒心を抱かない様子で人懐っこく話しかけてくる。

「おじさん何してるのー?お祭りー?」

 1人の少女が尋ねた。

「そうやで。でも雨降ってきて残念やなぁ」

 同意が返ってきたのをみて、言葉を続ける。

「おじさんなぁ、雨が上がるおまじない知ってるで」

 えー、と驚く子どもたちを集めて、そっと内緒話のように囁き声で話す。

「それにはまだ雨に濡れとらん葉っぱがいるんじゃ。みんなで探して持ってきてくれるか?」

 元気にうん!と言って辺りを探し始める8人。1人またひとりと、お目当てのはっぱを見つけて大切そうに持ってくる。

「ありがとな」

 1つひとつそっと受け取ると、背後に並んでいる風車をひとつずつ子どもたちに渡しながら言った。

「そしたら、この風車持って、神社の入り口まで走って行ってくれるか」

 わかった、と元気な返事の子どもたち。いちばん年上であろう少年の、よぉいどん、の声で一斉に走り出す。

「転ばんように気ぃつけてなー」

 子どもたちが駆けていく背を見送る男に、ふわり、風が薫った。男は手元に残った十数枚の葉を扇状に広げ持ち、小さな声で何やら言葉を連ねはじめる。そうして長い呪文のような言葉を終えると、そっと葉に息を吹きかけた。すると葉は男の手を離れ、静かに空へと溶けるように消えていった。それに伴って次第に雨足が弱くなる。

「祭り、楽しむんやで」

 そう微笑んで狐面をつけた男が高く飛ぶ。木の葉に紛れその姿が見えなくなって、辺りが静寂に包まれた。遠くから楽しそうな祭囃子が聞こえてくるのは、もう少し後のこと。


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にゃん椿3号様・オカザキレオ様共同企画「君と夏祭り」企画参加作品。 お題:「狐のお面」「通り雨」「神社」「風薫る」

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