心の音

 「言葉よりも心が聴きたい」と彼は言った。

 僕は凡庸な人間で彼女たちは彼に陶酔しきっていたから、彼のその言葉の本当の意味になんて少しも気付かなかった。今日は盛大なパーティーが催されるとのことで、下っ端の僕は分不相応なグラスや食器を落とさないように運ぶのに精一杯だった。このパーティーの主催者だという彼の挨拶が始まると、お喋りも華やかだったドレス姿のご婦人たちもうっとりと彼のことを見つめていた。彼が微笑むと周囲の女性から甘い吐息が漏れる。彼を見るその目は蕩けきっていて、彼は瞬きで、あるいは指の動き一つで、あっと言う間にその場にいるすべての女性たちを虜にした。


 「是非とも私の心を聴いていただきたいものですわ」

 口火を切ったのは真っ赤なドレスを着たブルネットの女性だった。大胆に開いた胸元やスリットから覗ける足も露わに彼のもとに歩み寄る。他の女性からの羨望や嫉妬の視線を意に介することもなく彼の耳元で彼女はなにか囁いた。すると彼の表情から笑みは消え、次第に絶望がその色を濃くしていった。僕たちがその様子に呆然としているうちに会場にはたくさんの警察官が現れ、彼は後ろ手に手錠をかけられて連行されてしまった。


 翌日の新聞で知る事になる。日本の切り裂き魔と言われた連続殺人事件の犯人が彼本人だったと。死体の心臓を持ち去ることで話題になったその犯人と、僕は同じ場所にいて、一度は直接飲み物まで渡していたのだと。


「心臓が止まっていく音が、愛おしいんですよ」一度見たニュースで彼がそう発言したことを聞いた。

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